Azit 南知果さん:スタートアップにPA担当として参画、弁護士とのクロスキャリアを実現

キャリア

パブリックアフェアーズの仕事に携わる。その先にはどんなキャリアの選択肢があるのだろう……? この領域に興味を抱いたとしても、まだまだ業界内のロールモデルが少ないため、不安に思う人もいることでしょう。

私たちは今回、法律の専門家としての知見をいかし、パブリックアフェアーズ関連の業務にも従事している若手弁護士・南知果さん(株式会社Azit)に会いにいきました。

ファーストキャリアは法律事務所に勤める弁護士。そこからもう一歩踏み込んで、スタートアップの世界へ。現在はインハウスのパブリックアフェアーズ兼法務担当として働く南さんに、具体的なPA業務について、弁護士業務との共通点と相違点、そしてこれから取り組んでいきたい課題などをうかがいました。

南知果さんプロフィール
弁護士。モビリティ・プラットフォーム「CREW」を運営するスタートアップ、株式会社Azitにて、パブリックアフェアーズと法務を担当。2012年京都大学法学部卒業、2014年京都大学法科大学院修了。2016年に西村あさひ法律事務所に入所した後、2018年4月、法律事務所ZeLoに参画。2019年6月より現職。弁護士としての主な取扱分野はスタートアップ支援、FinTech、M&A、ジェネラル・コーポレート、危機管理・コンプライアンスなど。その他、ルールメイキングに関する業務も行っている。

法律事務所の弁護士から、スタートアップへの転身

――現在、インハウスロイヤー兼パブリックアフェアーズ担当として、スタートアップであるAzitで仕事をしていらっしゃいますね。企業内弁護士はともかく、「パブリックアフェアーズ」についてはどう認識していましたか?

南知果さん(以下、南):正直、パブリックアフェアーズの仕事に関して知ったのはこの1年程度です。最初はけっこう、戸惑いましたね。霞ヶ関も永田町も、まったく縁がない場所でしたから。

でも実際に取り組んでみると、本質はかなり弁護士の仕事に近いと感じます。

パブリックアフェアーズの仕事をごく簡単にいうと、企業の中で生まれる「こんなビジネスがやりたい!」という声を拾い、壁になっている法律や規制に対して「こうできないか」と省庁へと提案すること。

それは弁護士がいつも行なっている契約交渉や訴訟と似ています。依頼者の要望に耳を傾け、それをわかりやすく裁判所や相手方へ伝えるのが弁護士の基本の役割。その目的と、交渉相手が変わるだけかなと思います。

――なるほど。2019年6月にAzitへ移籍され間もないですが、普段は社内でどのようなコミュニケーションをとっているか、具体的に教えてください。

:Azit社内ではパブリックアフェアーズに対する理解が非常に深くて、マーケティングの施策やアプリのデザインなど、とにかく社外に出ていくものは全て“PAチェック”を通すことがルールとなっています。

社員同士の会話でも、日常的に「これってPA的に大丈夫?」などのやり取りがなされているんです。

基本のコミュニケーションはSlackで行なっていて、PAレビューが必要なことが、いろいろな部署のメンバーから私のところに飛んでくる。そのうえで口頭で相談した方がいい場合はミーティングを行なっています。

――中でも、より密なやり取りが必要となる部署はどこですか?

:いちばんコミュニケーションが多いのは、マーケティングの担当者でしょうか。あとは、プロダクトマネージャー(PM)ですね。アプリの新機能を開発する際、それが法的に問題ないかどうか、規制をクリアしているかどうか判断が必要なことが多いので。

Azitが開発・提供している「CREW(クルー)」は、近くを走っている車と、移動したい人をマッチングするモビリティ・プラットフォームです。道路運送法上の許可や登録が不要な形でサービスを提供するため、「謝礼は任意で支払うことができる」ようなプロダクトにする必要があります。

PAレビューでは「なぜこれがダメなのか」を現行の法律や規制の趣旨と照らし合わせながら確認し、その理由や社会背景をひもといたうえで、「じゃあ、どんな方法だったら実現できるか?」をメンバーと一緒に考えています。

「このビジネスには今何が必要?」メンバーと追求できる楽しさ

――南さんはもともと法律事務所のご出身ですが、事業会社、しかもスタートアップに飛び込んでみて感じていることはありますか?

:そうですね。最も大きな違いは、意思決定のプレッシャーでしょうか。

法律事務所の場合、最終的に意思決定をするのはあくまでもお客さんです。もちろん私たちは責任をもって選択肢を提案しますが、弁護士が最終決定者になることはありません。

でも今、Azitの中では、私がパブリックアフェアーズ兼法務担当としてOKを出せば事業が一歩前進するし、NGといえばそこでビジネスが滞ってしまうかもしれない。そうしたプレッシャーは少なからずあります。

会社としては積極的に進めたいことでも、リーガル的には「難しい」と回答せざるを得ないケースも多々あって、コミュニケーションの仕方に悩むことが多いです。

でも外部の弁護士と違い私自身も同じ会社の中にいるので、「このサービスにおいて、いま何が必要か」を共に考え、道を模索することができます。それは、法律事務所にいたときとは違う仕事の醍醐味ですね。

――社内では、企業を守る法務としての役割が強いのですね。さらにパブリックアフェアーズ担当として、社外に対する働きかけはどのように行われていますか?

:私が入社する前に、すでに社内ではパブリックアフェアーズに着手していました。私はそれを受け継ぎつつ、国土交通省をはじめとする省庁の方々とやり取りをしています。

――政府渉外など対外的な業務は、なかなか定量的な評価がしにくい面がありますよね。ビジネスへの貢献度を、Azitではどのように測っているのでしょうか。

:うーん、そうですね。数値での評価軸は設けられていませんが、普段からコミュニケーションを取って、関係者の方々に「こういう会社だ」と理解してもらうことのメリットは大きいと思います。

多くの企業では、何かトラブルが起きたときにはじめて、担当する省庁とコンタクトを取らざるを得なくなるんですよね。そのときにお互い「はじめまして」の状態だと、なかなかスムーズに話が進まないじゃないですか。

そうした“守り”だけではなく、スタートアップこそ“攻め”のアクションも取りやすいと思います。Azitもそうですが、サービスを通した社会貢献を目指しているからこそ、政府が取り組む課題とリンクする部分も出てくるんですよね。

そのポイントを抑えたうえで、目指すビジョンをきちんと対外的に発信し、関連する省庁と日常的にコミュニケーションを取っていく。そんな日々の活動が、ビジネスへの貢献にもつながると思っています。

日本のモビリティは、さらにアップデートできる

――Azitの事業領域であるモビリティは、パブリックアフェアーズ業界の中でも難易度が高い領域かと思います。南さんが感じている課題や、実際に取り組んでいることを教えてください。

:モビリティは社会のインフラとして、まだまだアップデートできる余地があると思うんです。国の成長戦略「Society 5.0」の中でも、重要な柱として位置付けられています。

でも、その議論はまだまだ既存の交通機関ができる範囲内で行われているのが現実です。もっとディスカッションを深め、業界を超えて社会課題を解決する方法を模索していきたいと考えていますが……なかなか難しいですね。

――「互助」というソリューションを社会実装していくためには、他にどんなアプローチが考えられるのでしょう。

:Azitでは「ローカル・モビリティ・プロジェクト」として、日本各地のモビリティ課題の解決に取り組んでいます。これまで、各自治体や地元の観光協会、交通協議会のみなさんと連携し、鹿児島県与論島、長崎県久賀島、栃木県那須塩原市・那須町などでサービスの提供を行なってきました。

まだまだ「なんだか怪しい」と思われてしまったり、「本当に大丈夫?」と安全性を心配されたり、ハードルは多々あります。

でも私、「CREW」の仕組みが本当に世の中を変えると信じているんです。

――それが、南さんがこの領域で活動する原動力になっているのでしょうか?

:はい。「危ないのではないか」「いまいちよくわからない」といった理由で実現をあきらめてしまうのは、社会にとっても損失ですよね。

日本におけるモビリティは、これからどんどん伸びる可能性がある領域だと思っています。だからこそ自分が、「パブリックアフェアーズ担当」としていま、関わる意味もあるんじゃないか、と。

「法律は所与のものではない」だからこそ、どう変えていく?

――パブリックアフェアーズの領域では、まだまだキャリアのロールモデルが少ないですよね。南さんご自身は、今後のキャリアについてどうお考えですか?

:うーん、どういうキャリアになるんだろう?(笑) あまり「こうなりたい」と明確な未来像はイメージしていないですね。

いま自分がやりたいこと、やるべきだと感じたことに注力していったら、また面白い未来が見えてくるんじゃないかなと。

――この領域でキャリアをスタートされたばかりなので、本当に今後のご活躍が楽しみです。最後に、いまパブリックアフェアーズの仕事に興味関心をもっている若手の弁護士や、法律を学んでいる学生の方に対して、「これだけはやっておいた方がいい」など、何かアドバイスをいただけますか?

:そうですね……私がそうだっただけかもしれないのですが、法学部の学生時代の方が、「法律は所与のものではない」と理解していた気がするんですよね。

――所与のものではない?

:はい。「法律は変えられるものだ」ということです。大学の教授が現行の法律に対して、反論を含めた自説を展開されることも多く、学生同士の議論も活発に行われていました。

でも弁護士になってからは自然と、「現行の法律はこう」「だからこう守らなければいけない」という思考になっていったというか。

――なるほど。

:法律に関する議論も大事ですが、実際に法律を変えていくためにはどんな政策を立案すればいいのか、霞ヶ関や永田町はどんな動き方をしているのか。私はそうした政策まわりの実務について、もっと早く知っておきたかったです。

最近はルールメイキングの手法が少しずつオープンになってきていますが、実務ベースで言語化され、共有されている情報はまだ少ないんですよね。

だから積極的に、この領域で実績を出されている方に話を聞きにいったりするといいのではないでしょうか。そうしたマインドを持つだけでも、その後の動き方が変わっていくはずですから。

 

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撮影:内田麻美/構成・編集:大島悠(ほとりび)

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