市民アドボカシー連盟 明智カイトさん:シェアからはじめる「草の根ロビイング」

キャリア

「社会課題を解決したい」「社会に貢献する仕事をしたい」——20〜30代を中心に、そうした志を持つ人が増えています。そのための手段として、みなさんはどんなことを検討するでしょうか。自分でソーシャルビジネスを立ち上げる? 政治の世界に入らないといけない? それともボランティアに人生を捧げる……?

おそらくここで「市民活動に参加してロビー活動をする」という選択肢を思い浮かべる人は、現在の日本では少数派でしょう。そうした市民活動に10年以上、身を投じているのが、NPO法人市民アドボカシー連盟の代表理事である明智カイトさんです。

明智さんは会社員として働くかたわら、「草の根ロビイスト」として市民活動に参画。子どもや女性、マイノリティのための政策提言を中心に活動を行っています。今回は明智さんに、「草の根ロビイング」が社会の中でどんな役割を果たしているのかをうかがいました。

明智カイトさんプロフィール
市民アドボカシー連盟 代表理事。1977年生まれ。中学生時代に自分自身がいじめを受けた経験から、社会の在り方や制度・法律等に疑問を持ち、「いじめ対策」「自殺対策」をはじめ、子どもや女性、社会的マイノリティの人たちに関わるロビー活動を市民の立場から行ってきた。著書に『誰でもできるロビイング入門~社会を変える技術~』(光文社新書)。日本政策学校の講師、NPO法人「ストップいじめ!ナビ」メンバー、ホワイト企業の証しである「ホワイトマーク」を推進している安全衛生優良企業マーク推進機構の顧問などを務めている。

「市民活動」と「議会活動」、両輪で政策を動かすのが本来の在り方

――明智さんは長年「草の根ロビイスト」として、数多くのロビイングに関わっていらっしゃいますよね。改めて、「草の根ロビイング」の定義について教えていただけますか。

明智カイトさん(以下、明智):「草の根ロビイング」とは、社会課題の解決を目指して一般市民の人たちの要望を行政へと届けるために、NPOやNGOなどの市民セクターが主導するロビー活動のことを指します。

日本ではロビイングが一般的ではないので、特定の団体が、自分たちの利益を最大化するために行う活動をイメージする人もいるかもしれませんね。草の根ロビイングが目指すのは、あくまでも「社会課題の解決」。市民の声を政策に反映させ、社会をより良い方向に導くために意見を伝えていく活動です。

――日本の「草の根ロビイング」は今、どのような状況に置かれているのでしょうか? 例えば明智さんが活動してきたこの10年の間に、何か変化はありましたか。

明智:私がロビイングを始めた当初は、市民やマイノリティに寄り添うロビイストの数が圧倒的に不足していました。ここ4〜5年ほどで、少しずつ認知度は広がっていると思います。ただしこの領域に深く関わって活動しているのは、まだまだごく一部の人たちにすぎませんね。

――確かに、社会課題を解決する手段として「ロビイング」を思い浮かべる人はまだ少ないように感じます。

明智:ただ、日本で市民セクターによるロビイングが全く行われてこなかったわけではないんですよ。例えば60〜70代の人たちにとって、ロビイングは非常に身近なものだったと思います。その世代の人たちは、学生運動が盛んだった時代を生きていますよね。学生運動の延長で市民活動にも参加するようになり、自分たちの権利を政治家や官僚に主張してきていますから。

――なるほど。ロビイングという言葉では表現されていませんが、確かに市民の声を行政に届ける活動ではありますね。

明智:しかしその反動で、40〜50代の人たちは学生運動に対して引いた立場を取っていることが多いんです。市民運動にも積極的に関わらなくなってしまいました。さらにその下の世代、20〜30代の人たちは、NPOやソーシャルビジネスなどを立ち上げることで、再び自分たちが主導して、社会変革を目指すケースが増えていると思います。

――市民によるロビイングが行われてこなかったのではなく、世代間で分断が起きているのですね。

明智:そうですね。私はロビイングを始めたばかりの頃、60〜70代で、かつて市民活動に積極的に参加していた人たちからノウハウを学びました。中でも印象に残っているのは、「本来、政治とは市民活動と議会活動の両輪で進めるものだ」という言葉です。

本来は、市民活動をしている人たちの中から議員が生まれて、その議員が市民活動と議会での活動を連帯して行うことが望ましいはず。ただロビイングをするだけでなく、きちんと議会に足がかりを作ってこそ、住民の声を政策に反映させられる——とても本質的だな、と感じましたね。

私自身もこうした考え方を若い世代へと伝え、市民と議会が手を取り合って政策を動かす社会を作りたいと思うようになりました。

制度や法律に抱いた疑問。理想の政策を実現するために選んだロビイストの道

――明智さんご自身は、なぜ、ロビイストとしての活動を始めたのでしょうか?

明智:私自身が同性愛者で社会的マイノリティの当事者だったこともあって、10代の頃から社会での生きづらさを感じていたことがそもそものきっかけです。社会の偏見などに直面するうちに、現行の制度や法律、ひいては社会の在り方に対して疑問を抱くようになりました。

そこで実際に制度や法律作りに関わる政治の世界を見てみようと、大学を卒業した後、都議会議員のもとで議員インターンシップをすることにしたんです。しかし政治の世界で働くうち、私はそもそも誰かの要望を代わりに叶えたいわけではなく、自分が直面している社会課題を解決するために、思い描いている政策を実現したかったのだと気づきました。

そこで政治家ではなく、政策の実現に向けて奔走するロビイストに注目したんです。

――明智さんはこれまでに、いじめ問題や自殺問題、LGBTなど性的マイノリティの方々が抱える問題など、さまざまな社会課題と向き合ってこられていますよね。草の根ロビイングの活動を通して、実際に社会が変わったと実感できた出来事はありますか?

明智:そうですね。2012年に自殺総合対策大綱の見直しが行われた際、LGBTの自殺率の高さについて言及され、彼・彼女らの自殺を防ぐための対策案が盛り込まれたことでしょうか。

自殺総合対策大綱とは、政府が推進するべき自殺対策の指針が示されたもの。LGBTの自殺率は非常に高く、例えばゲイやバイセクシャルの男性は、そうでない男性に比べて6倍の自殺リスクがあると言われています。私自身も、まずはこの現状を多くの人に知ってもらい、世間の理解を深めることが、LGBTの人たちが生きやすい世界を作ることにつながると考えていました。

しかしロビイングを始めた当初は、世間のLGBTに対する認知度が低かったこともあって理解が得られませんでした。政治家の方のところへ行っても、話すら聞いてもらえないことが多かったですね。大きな転機となったのは2009年、政権が自民党から民主党に交代したことでした。

――どのような転機だったのでしょうか?

明智:当時の民主党政権が、NPOやNGOと一緒に政策協議を行うために「市民キャビネット」を立ち上げたんです。貧困層の拡大や雇用の不安定化など、さまざまな社会課題について民間の人たちの声を取り入れ、政策に生かすことを目的に結成された全国規模のネットワーク組織です。

私も市民キャビネットを足がかりに、さまざまな議員と関係を築いたり、LGBTに対する理解を深めるためのシンポジウムを開いたりしたんです。それがロビイングの強化にもつながり、結果として、大綱の中にLGBTの人たちに関する記述を入れることができました。この大綱の件はメディアでも報じられ、LGBTの問題に関心が集まるきっかけを生み出せたと思っています。

勉強会を通じて見えた、「草の根ロビイング」に対する関心の高さ

――市民一人ひとりが声を上げることで、課題解決の糸口が見つかることもあるのですね。これから先、「草の根ロビイング」の活動を広め、より多くの方の参加をうながしていくには、どんなことが必要だとお考えですか。

明智:第一歩として、何よりもロビイングそのものへの理解を深めることですよね。例えば私が立ち上げた「市民アドボカシー連盟」では、定期的に「草の根ロビイング勉強会」を開催しています。

国会議員や自治体の首長、NPOの代表などを招いて、国会や政党の仕組み、ロビイングの事例など、基礎的なことを学べる会です。勉強会を始めてから4年ほど経ちますが、毎回40〜50人ほどの参加者がいます。

参加者の方に話を聞いてみると、「興味は持っていたけれど、これまで学べる場がなかった」という声が目立ちます。勉強会は1回につき、2時間で1,000円ほど。このように、まずは誰もが気軽に参加できる場やきっかけを作ることが大切だと思いますね。

――実際に、勉強会の学びを生かして草の根ロビイングを始めた方はいますか?

明智:勉強会の参加者の中に、「障害者の兄弟・姉妹への支援」をテーマに活動を始めた方がいらっしゃいます。障害を持つ人の兄弟・姉妹は、親の関心がどうしても障害がある子どもに向かってしまうため、愛情を感じられないケースが多いそうです。

他にも、結婚の際に相手の家族から反対されてしまったり、両親が亡くなった後に自分が介護をしなければいけなかったりと、さまざまな壁が立ちはだかります。ですが、これまでそうした現状は表面化してきませんでした。

団体を立ち上げた方自身も、障害のある兄弟がいらっしゃる当事者。自分と同じ思いをしている当事者の支援をしながら、社会を巻き込み政策を変えるためのアプローチを続けています。

動画や記事をシェアするのも一つの行動。まずは小さな一歩を踏み出してみる

――これまで市民活動をしたことのない方が草の根ロビイングに携わりたいと考えたとき、どのような一歩を踏み出せばいいのでしょうか?

明智:まずは、すでに活動を行なっている団体のキャンペーンに参加してみるのが一番の近道です。例えば、活動に関する動画や記事をSNSで拡散することで協力できるケースもありますよね。

さらに深く関わりたいと思ったら、次は署名など他の活動に参加・協力してみる。もっと本格的に活動したくなったら、コアメンバーになって実際に政治家と接したり、市民活動に携わる層を増やすための企画を考えたりしてみる。

とにかくまずは自分ができる範囲のことから、一歩を踏み出してみるのがいいと思います。

――動画や記事のシェアであれば、気軽に参加できますね。

明智:そうですね。特定の社会課題を解決したいと考える人は、どうしても、「起業しないといけない」「ソーシャルビジネスを立ち上げよう」などと、ハードルの高いことを思い浮かべてしまう傾向があります。何もすべてを投げ出して起業しなくても、今の生活を守りながら参加できることもあるんですよ。

会社員としての基盤を大切にしつつ、プロボノとして市民活動に参加するような人が増えていくと、草の根ロビイングはさらに加速していくと思います。私自身も、普段は会社員として働いていますしね。

――プロボノとして市民活動に参加するには、どのようなスキルが必要でしょうか?

明智:マーケティングや広報、営業など、ビジネスに関する知識やスキルが生きることもあります。政治家や議員に要望書を提出する際に、資料をわかりやすくまとめる力や、説得力のある説明をする力。何かキャンペーンを実施する際に、お客さんやメディアを巻き込む力も重要です。会社の中では「当たり前」とされているスキルが、市民活動の中では大きな力になることもあるんですよ。

――普段の仕事で培ったスキルが、そのまま生かせるのですね。

明智:もちろん、通常のビジネスとは異なり「忍耐力」も必要です。ロビイングはとても地道な作業。活動をはじめてから政策が変わるまで、10年以上かかることなんてザラですからね。

私自身は草の根ロビイングの活動を、ゲームセンターによくある「コインゲーム」のようだと思っているんです。たくさんコインを動かしても、目当ての景品はほんの少しずつしか動かない。でも地道にコインを落とし続けていれば、いつか欲しいものが手に入るときがくる、と。

――それが、大勢の人の小さな「一歩」を大事にされている理由でもあるんですね。

明智:近年は課題が複雑化していて、行政が全ての課題を網羅し、解決することは難しい時代です。社会課題に対して一部の人しか声を上げておらず、可視化されないままケアが行き届いていない人たちも無限に存在します。

だからこそ、一人でも多くの人たちに市民活動に参加して欲しい。例え小さくても声をあげる人が増えていけば、新たな社会課題の可視化につながり、解決の糸口が見えていくはずですから。

 

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構成:藤原梨香/撮影:内田麻美/編集:大島悠(ほとりび)

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