「スマートフォンソフトウェア競争促進法」で日本の規制、競争環境はどう変わるのか?【マカイラ公共政策研究会レポート】

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2024年6月、いわゆる「スマートフォンソフトウェア競争促進法」が国会で成立しました。これまで大手事業者による寡占状態だったモバイルOS、アプリストア等の市場に新たな事業者が参入しやすくするとともに、アプリ事業者が多様な課金・決済システムを選択できるようにするなど、競争環境を大きく変化させる内容です。

今回のマカイラ公共政策研究会では、モバイルOSやアプリ事業者を取り巻く環境に詳しい岸原孝昌氏(一般社団法人モバイル・コンテンツ・フォーラム 専務理事)を講師にお招きし、ご講演いただきました。

またイベント後半では、デジタルプラットフォーマーの問題にいち早く着目し、取材を続けている若江雅子氏(読売新聞 東京本社 編集委員)、城譲氏(マカイラ株式会社)を交えてパネルディスカッションを実施し、スマートフォンやアプリケーション・コンテンツのこれからについて議論を深めました。本レポートでは、その模様を一部ダイジェストでお伝えします。

 

モバイルコンテンツ業界における25年のあゆみと課題

イベント前半では、岸原孝昌氏による「スマホソフトウェア競争促進法で変わる業界の力関係」をテーマにした講演が行われました。

▲岸原 孝昌氏(一般社団法人モバイル・コンテンツ・フォーラム専務理事)
前職で情報家電の普及を目的としたイージーインターネット協会(EIA)の事務局運営にたずさわる。1999年4月、EIAの分科会として設置されたモバイル・コンテンツ・フォーラム(MCF)のコンセプト策定及びフォーラム運営を担当する。1999年10月、モバイル・コンテンツ・フォーラム(MCF)が独立した任意団体として活動を開始したのにともない事務局長に就任。2009年4月、一般社団法人化にともない常務理事に就任。2013年11月、専務理事に就任。2021年4月、経産省からの受託事業「デジタルプラットフォーム取引相談窓口<アプリストア利用事業者向け>(DPCD)」の責任者に就任。現在、MCFの他にもモバイルコンテンツ関連団体の役員として運営を行っている。また、政府関係機関へモバイルインターネットに関する政策提案等を行っている。

 

岸原氏:私自身は、25年以上にわたりモバイルコンテンツ業界に携わってきました。今回成立したスマホソフトウェア競争促進法の前、デジタルプラットフォーム取引透明化法(2021年2月施行)についての検討会が開かれたときから参加させていただいています。

昔、NTTドコモが提供していた「iモード」(1999年提供開始)に関して、オープン化の議論を進めていた時代から、デジタルプラットフォームとコンテンツ事業者の関係性は変わっていません。当時、総務省の中でさまざまな研究会が立ち上がり、議論を重ねる中で、適切な競争環境を維持するためには、相互運用性と多様性の確保が重要であるという結論に至りました。

そこで行政とプラットフォーム事業者、コンテンツ事業者が協議し、ガイドラインを取りまとめています。現在の対話によって規制を実現していく方針の雛形は、この透明化法の議論から生まれたのではないかと思います。

MCFは、業界団体活動を通して共同規制の取り組みに注力してきました。主な内容としては、著作権等管理事業法における指定管理事業者との使用料規程の改訂、キャリアのフィルタリング(青少年保護機能)における第三者機関EMAの認定、カテゴリー基準の反映などがあります。

最近では、モバイルコンテンツの知見を持っている民間事業者が窓口となって利用者から相談を受け、それを行政に対してフィードバックする仕組みと体制を構築しています(DPCD:デジタルプラットフォーム取引相談窓口)。新しい法制度をしっかり運用していくためには、こうした民間連携が不可欠です。

一般的には、プラットフォーム事業者に対して何か要望を出しても実現は難しい、と思っている方が多いと思います。しかしある程度、共通の課題意識とロジックに基づいた対話ができれば、建設的な議論による合意は可能であると考えています。

参考)モバイルコンテンツを取り巻く主な課題

  • 一方的な返金、アカウント停止、アプリのリジェクト
  • 自社ビジネスを優先したイノベーションの阻害
  • 高額な手数料によるコンテンツ産業の阻害
  • 消費者利益の阻害
  • 寡占による弊害

 

規制の明確性と柔軟性のバランスが必要

引用元:公正取引委員会「(令和6年6月12日)「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」の成立について」別紙2 スライド3 より


 

岸原氏:日本では定められたルールをみんなで守っていく、と考える傾向が強くあります。この考え方は社会の安定には一定の効果があり、現在の日本社会につながっていると思います。対して欧米では、起きた事象からフィードバックを得て判例を積み重ねていくケースが多く見られます。

日本では訴訟自体の数が少ないため、企業が法務コストをそこまで上げずに済んでいます。ただその影響で、変化に対する対応力が落ちている現状もあると思います。

規制に対して「原則だけではよくわからないので、細部まで明確化してほしい」という要望が挙げられることがよくあるのですが、具体化しすぎてしまうと逆に細部が抜け落ちてしまうリスクもあります。

規制の明確性も大切ですが、同時に柔軟性のバランスも重要であり、今後も引き続き議論していく必要があるでしょう。

 

消費者保護は進むのか。法律に関する認知拡大が急務

イベント後半では、岸原氏のほかに2人のゲストを迎え、「アプリストア等の環境変化における新たな日本の規制・競争環境とは?」をテーマとしたパネルディスカッションを行いました。

モデレーターは、マカイラ株式会社 コンサルタント 竹岡まりこが務めました

 

若山氏:今回のスマホソフトウェア競争促進法を、私は「ミニDMA(※)」と呼んでいます。EUのDMAは幅広くクラウドや広告サービスも含めたものになっていますが、日本ではスマートフォンの領域が中心なので、今後さらに広げてほしいと思っています。

現状の課題の一つは、課徴金に関することです。日本の場合、違法な行為で得た不当利益の吐き出しに限るという考え方が根強いため、継続的な見直しが必要だと考えます。

もう一つはプライバシー保護に関することです。日本の個人情報保護法や電気通信事業法などのプライバシー保護のレベルは欧州に比べると低いため、利用者が自分の権利を守る手段が、プラットフォーム事業者の自主ルールに依存することになってしまいます。

モバイルコンテンツの市場についての議論を行う場合は、市場競争とデータ保護、そして消費者保護のバランスが必要です。でも私の目から見ると、消費者保護がまだまだ後回しになっている印象があります。

※DMA:Digital Market Act(EUデジタル市場法)欧州委員会立案により2023年に施行

▲若江 雅子氏(読売新聞東京本社 編集委員)
2008年よりIT分野を取材。2014年より現職。2019年情報セキュリティ大学院大学で情報学修士修了。論文「オンライン広告におけるトラッキングの現状とその法的考察―ビッグデータ時代のプライバシー問題にどう対応すべきか」(情報通信政策研究、2019年)、単著「膨張GAFAとの闘い デジタル敗戦 霞が関は何をしたか」(中央公論新書、2021年)、分担執筆「越境するデータと法」(法律文化社、2023年)、同「個人データ保護のグローバル・マップ 憲法と立法過程・深層からみるプライバシーのゆくえ」(弘文堂、2024年)など。

 

城氏:私はイノベーションを活性化させて消費者の選択肢を拡大することが、法律によって担保される点にこの法制度の意味があると思っています。ただ若林さんがおっしゃったように、消費者保護よりも市場競争の促進にフォーカスされている印象はありますね。

そもそもこの法律ができたことを知っている国民がどれだけいるのか。私はそれが一番の懸念点だと思っています。せっかく制度ができて、より個々に合ったものを提供してくれるアプリストアができたとしても、そもそもその存在を知らなければ消費者としての恩恵を受けることはできません。

そのためこの法律はどういった意味があるのか、法律によってこれからどう変わっていくのかを広めていかなければ、本来の目的は達成できないのではないかと思います。

▲城 譲氏(マカイラ株式会社 執行役員)
公共セクター(国土交通省、内閣府、国際連合UN-HABITAT)での12年の勤務と国内IT企業(楽天、メルカリ)での8年の勤務経験を持つ。国土交通省では地域振興や航空政策等、内閣府では防災政策、また、国連では各国で深刻化する都市問題に対応するための調査分析を担当。楽天では法務課長、メルカリでは法務・政策企画マネージャーとして、IT分野における各種法律を運用。官民の両セクターの経験から、両者の協働による発展的な政策立案の必要性を実感し、その推進のためマカイラ株式会社に参画。

 

「市民社会」が議論に参加できる仕組み作りが必要

城氏:これからも引き続き、行政とプラットフォーム事業者、アプリ事業者とで対話を継続していくことが重要です。ただ行政側に適性公平なジャッジを求めるのは少々酷だとも感じています。私はもともと行政側の人間で、その後、事業者側の立場も経験しているのですが、やはり事業の現場で得られる情報量はまったく違います。行政は適切な外部人材を巻き込みながら、しっかり権限を移譲して交渉にあたっていく必要があるのではないでしょうか。

若井氏:私は想定されている対話の中に、「市民」が入っていないことが問題かなと思っています。情報の非対称性は市民社会に対しても生じているので、このままだとどうしても、ものが言える人たちだけでルールが作られていってしまう気がしています。

岸原氏:そうですね。私もこれまでの経験から、政府による安定性と民間による柔軟性のバランスがないと、これだけ変化が激しく複雑な社会は回っていかないと思います。日本はそのバランスを取ることが苦手な印象はありますね。

若井氏:事業者側の主張は本当に正しいのか、消費者の立場からチェックして情報提供をする存在として、まさに岸原さんが運営されているMCFのような民間団体が重要になってくると思います。

例えばEUの消費者団体は日本の何倍もの予算を持っていて、そのうちの3割はEUからの補助金でまかなわれています。各領域の専門家が所属しており、法律を作る際はさまざまな調査を行い、行政に対する提言を行っています。

今後は日本でも、こうした消費者団体を育てていくことが必要となるのではないでしょうか。

竹岡:本日は、国民一人一人の生活に密着しているスマホ上のビジネス環境は今後どう変わっていくのか、本当に日本で新たなアプリストアは本当に生まれるのか、スマートフォンやアプリケーション・コンテンツのこれからについて議論を深めていただきました。みなさま、ありがとうございました。

 

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制作:PublicAffairsJP編集部

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