キャッシュレス時代の経費精算で市場を創った、コンカー社のパブリックアフェアーズ戦略

事例

2015年以降に実施された規制緩和によって、企業の経費精算に関するルールが大きく変わりました。

この一連の規制緩和において民間で主導的な役割を果たしたのが、米国に本社を置き、日本でもトップシェアの出張・経費管理クラウドサービスを提供する株式会社コンカーです。

企業の経費精算に関する規制緩和の流れ

●2015年度 税制改正
初めて規制緩和が実現。3万円という金額基準の廃止、電子署名の廃止などにとどまり、スマホやデジカメでの撮影はまだ認められず。

●2016年度 税制改正
企業の経費精算でスキャナでの保存以外に、スマートフォンやデジタルカメラでも電子化可能となり、電子化業務が効率化された。

●2020年度 税制改正
キャッシュレス決済における利用明細データを、紙の領収書の代替として使えるようになり、領収書の電子化業務や経理担当者のダブルチェック業務が削減することが可能となった。

今回は、プロジェクトの中心を担った同社の戦略事業推進室室長・船越洋明さんにお話をうかがいました。

規制緩和に深く関わり、さらにプロダクト開発からトップシェア獲得まで、一気通貫で日本での市場開拓に成功した事例をご紹介いただきながら、パブリックアフェアーズの仕事をするうえで重要なポイントをひもときます。

船越洋明さんプロフィール
株式会社コンカー 戦略事業推進室 室長 フェロー
1995年、日本電信電話株式会社(NTT)入社。以後約10年に渡り、通信業界において通信サービスの営業、製品・サービス企画に従事。2005年にトレンドマイクロ、2010年に野村総合研究所に入社し、製品の事業責任者、プロダクトマーケティングを担当。
2014年よりコンカーの製品統括部 部長として製品戦略を担当。2017年より戦略事業推進室 室長として、e文書法やその他戦略事業の推進を統括。関連省庁・団体等へのロビー活動も担当。中小企業診断士。

パブリックアフェアーズ未経験から税制改正の草案作りに着手

― 税制改正において規制緩和を成功させた方ということで、専門的なロビイストを想像していたのですが、船越さんのご経歴をうかがって意外に感じました。コンカーに入るまで、ロビイングのご経験はまったくなかったのですね。

船越:そうなんです。私は新卒でNTTに入社して、10年にわたり通信サービスの営業、製品・サービス企画に従事しました。転職してからも、製品の事業責任者、プロダクトマーケティングなどを担当してきています。

2014年10月にコンカー社に入社したのですが、その際のポジションもプロダクト担当です。当時は40名くらいの小さな会社でした。

ただ入社した直後に、社長の三村から「規制緩和やって」と命を受けたんです。「突然やってと言われても……一体どうやって?」というところからのスタートでしたね。

― 完全にゼロからのスタートですね。そこからどのようにして、規制緩和を成功に導いていったのでしょうか。まず実現したのは、2016年度の税制改正ですね。

船越:そうですね。米国で生まれたコンカー・テクノロジーズが日本で法人を設立したのは2011年のことです。私が入社した2014年は、日本で操業を開始して4年目ですね。

米国では、領収書をもらった本人がスマートフォンで撮影した電子領収書は、税務証憑として認められています。一方日本では、「電子帳簿保存法」という法律によりそれは認められていませんでした。

三村は、日本でコンカーを立ち上げる際に米国に視察に行って、米国ではOKなのに日本では認められないことがある、という状況を目の当たりにしていたわけです。

領収書やレシート類のスキャナ読み取りによる電子保存(スキャナ保存制度)は2005年から認められていますが、導入する企業は限定的でした。書類の改ざんなど不正防止のために、法的要件があまりに厳しかったためです。

これに対する規制緩和の動きがあるという情報はキャッチしていましたから、日本でもスマホ採用を実現して新しい市場を開拓すべく、三村社長は入社したばかりの私を「規制和緩和担当」として任命したのです。

― 入社した2014年から、すぐ動きはじめたのですか?

動き出したのですが、残念ながら、私が入社したのは2014年10月。2015年度の税制改正に対する要望は、2014年6月頃までに出さないと間に合いません。

仮に2014年6月までに要望を担当省庁に提出できたとすると、その後、各省庁から財務省へと要望が上がっていき、審議をしてもらって、2014年12月の与党税調での決定を経て、2015年度の税制改正大綱が出るというスケジュールでした。

2015年度には間に合わなかったため、コンカー社としては2016年度の税制改正を見据えて活動をはじめました。

― そうだったのですね。そこから、船越さんはどう動かれたのですか?

船越:当初は思うように進まなかったのですが、2015年2月に流れが変わりました。知人のつてを辿って、当時、自民党のキーパーソンだった方に会うことができたのです。

彼に米国の製品デモを見ていただき、「スマホ利用で効率化することによって、経費精算にかかるコスト削減の効果額は約5億円、それに伴い1億数千万の税収アップにもつながる」という具体的な試算も示しながら説明をしました。

するとこの方が、日本全体の益になることだと判断し、財務省と国税庁の担当部署、さらには経済産業省の担当の方に話をつないでくださったんです。

これと並行して、業界団体のJIIMA(公益社団法人日本文書情報マネジメント協会)にも働きかけを行いました。電子保存に使えるデバイスがスマホにまで広がれば、電子保存を導入する企業も増え、市場全体が拡大して複合機メーカーにとってもメリットになる——そう訴えると、JIIMAもこの考えに賛同してくれて、協力関係を築くことができました。

こうした一連の活動の結果、まずは財務省からJIIMAに対して「スマホを使った電子保存制度」の草案作成の依頼が行われました。その草案をつくるのに、これまでさまざまな提案を行ってきた私が協力することになったのです。2015年3月の初めに話があり、3月23日までに資料を提出してほしいと言われました。

― そんな短期間で、急に税制改正の草案を作れと言われて、作れるものなのでしょうか……?

船越:私も、依頼が来たときにはそう思いました。といっても、スマホを活用することでどんなメリット、そしてリスクがあるのかは検討し尽くした上で規制緩和を訴えていましたので、それを関係省庁に向けた資料として整え提出しました。

この規制緩和を税制改正大綱に入れるために、財務省は経済産業省を担当省庁に定めました。企業の便益になることですからね。

そこからは経産省の担当者の方と私が一緒になって、スマホによる電子化が解禁になったときに起こりうるリスクとその対応策について、一つひとつ、しらみつぶしに検討し尽くしていきました。

2015年4月から、経産省から財務省への書類提出期限である6月までの3ヶ月間、経産省の担当の方とは本当に密なやり取りをしました。当時コンカーのオフィスは日比谷公園を挟んで経産省と対角線上にありまして、電話がかかってきて「船越さん、今から来られますか?」を言われて飛んでいくこともよくありましたね。

その結果、経産省が2015年9月に提出した税制改正要望の中に「スマホ等の携帯端末による領収書等の記録を認める措置」が織り込まれました。そして2016年度の税制改正で、規制緩和が実現することになったんです。

― 今回の2020年度税制改正はどのような流れで実現したのでしょうか?

船越:4年前のノウハウをふんだんに活かして、同じように関係者への説明などの活動を行い、2020年度の税制改正大綱に追加してもらいました。

今回は、クレジットカード決済や交通系ICカード決済、QRコード決済などのキャッシュレス決済における利用明細データを、紙の領収書の代替とすることが可能とするものでした。この紙の領収書の代替とするための保存要件を明確化することで規制緩和が可能となりました。

今後は、スマートフォンやスキャナでの領収書をデータ化する業務や経理担当者が経費のダブルチェックを行う業務が削減することが可能となり、企業の生産性がさらに向上することが期待できます。

ロビー活動の肝は「世の中がどう動くのか数字で示すこと」そして「社益を追わないこと」

― 入社から短期間ながら関係省庁の信頼を得て、理想的なかたちで規制緩和を実現されましたね。やはりお話をする相手先、入り口が大事、ということでしょうか。

船越:私自身も驚きました。2014年10月に入社した当初はタイミングが悪くて実質的な動きが取れませんでしたが、2015年2月にキーマンの方とお話をしてから一気に物事が動き始めましたね。

日本ではまだまだ、政治家に会いに行くというと、癒着や賄賂などのネガティブなイメージがつきまとうのではないでしょうか。

もちろん、私たちは一切そんなことはしていません。規制緩和によって、世の中にとってどんな利便性がもたらされるのか、論理とデータに基づいてご説明をしただけです。

お目にかかった政府、各省庁の担当者のみなさんが、その意義について深くご理解くださって、尽力いただけたことは、とてもラッキーでした。

最初からキーパーソンに当たることができなければ、いくらこちらで構想を訴えても、立ち消えの憂き目に遭う可能性もありますから。

― ラッキーとおっしゃっていますが、もちろん幸運だけでなく、船越さんが持ちかけた提案に説得力や推進力があったからというのは大きいのではないでしょうか。キーパーソンに話をするときに、船越さんが心がけていることはありますか?

船越:当たり前のことですが、まずは要望を出す、というのが何より大事です。

2015年度の税制改正では初めて規制緩和が実現したのですが、3万円という金額基準の廃止、電子署名の廃止などにとどまり、スマホやデジカメでの撮影はまだ認められませんでした。私が2014年10月に入社しているので、その時にスマホと言っても遅かったんですね。

実は、スキャナ保存制度の規制緩和に向けた動きが始まったとき、財務省や国税庁の担当部署の中では、スマホを対象に入れる選択肢も念頭にあったそうなんです。「なぜ当時からスマホも対象にしなかったのですか?」と聞いてみたら、「スキャナ保存の規制緩和の要望には、スマホは入っていなかったから」といわれました。

つまり民間側から要望があって初めて、省庁が具体的な検討を始めるんです。省庁の側から「これはどうですか」と提案することは、基本的にはないんですね。だから物事を動かしたいのであれば、企業側から声を上げる必要があるということです。

― なるほど。まずはそこからですね。

船越:次に、要望を出すからには、きちんと理論武装していくことです。

先ほどお話ししたように、キーパーソンの方のところに行くときには、スマホによる領収書の電子化を承認することによってもたらされるコスト削減および税収アップ効果について、当社のクライアントさんにご協力いただいて試算した数字をもって臨みました。

これがあったからこそ、関係者の皆さんが「日本の社会のためになる」という確信をもって動いてくださったのだと思います。規制緩和によって世の中がどう動くのか、数字で示すことは非常に大事だと改めて感じましたね。

― 国に腰をあげてもらうには、きちんと数字で効果を示すのが大事というのは、もともと船越さんがお持ちの感覚だったのでしょうか。

船越:ロビイングは初めてでしたが、私は中小企業診断士の資格を持っていまして、経営コンサルティングについても学んでいます。「数字で示す」というのは、経営コンサルで求められることでもあります。

特に法改正となると、さまざまなステークホルダーが関係しますし、省庁間の調整も必要です。その際にしっかり情報が整っていると、話が通りやすいのは明らかですよね。

相手が欲しがっている情報を見抜いて、どんなかたちで渡すのが最善かというのを吟味して整える。シンプルな話で、そんなに難しいことをしているわけではないです。

そしてもう一つ意識していたのは、「社益は二の次以下」だということです。

当時をよかったと思うことは、社長の三村がプロジェクトをすべて私に一任してくれて、「こういう方向にもっていかないと、自社の利益が保てないじゃないか」といった類の口出しを一切してこなかったことです。

私はロビー活動歴は長くないですが、あまり社益を押し出しすぎると、おそらく狭い提案になってしまうだろうということはわかります。

まずは公共の便益を実現するというのが国のあるべき姿ですから、「自社のことだけ考えているな」と思われてしまっては、ロビイングとしてはアウトです。

― 隠しているつもりでも、自社のことだけ考えているのは気づかれてしまうのでしょうね。

船越:省庁の担当の方からは、私たちからの提案を見て「この改正だと、コンカーさんの競合他社でもサービス対応できてしまいますが、いいんですか?」と逆に聞かれたこともあります。

そんなときには「かまいません。まずはルールを作って世の中を変えることが第一です。競合他社といかに勝負していくかというのは、その後の私たちの戦いなので」とお答えしてきました。

もちろん、コンカー社が民間として、規制緩和の中心的役割を担っているアドバンテージは最大限に活用しています。税制改正の内容が報道された後には、私たちが動いているということを発表し、プロダクト開発も規制緩和のタイミングに間に合うよう動きました。

またスマホも用いた領収書の電子化に関するガイドブックも、ルールをつくった本人、つまり私が自分で書いているんです。他の誰が書くよりも、正確で詳しいものができあがりました(笑)。これを販促物として無償配布し、セミナーなども開催しました。

こういったマーケティング活動の結果、「スマホでの領収書電子化といえばコンカー」と認知していただけるようになり、経費精算システム・経費管理クラウドではトップシェアを獲得しています。

規制緩和はゴールではなく、プロダクトマーケティングの一環

― 「規制緩和において中心的な役割を果たしつつ、税制改正に合わせてプロダクトをリリースし、シェアを拡大する」——ロビイング文化がまだ根づいているとはいえない日本において、非常に良い事例になりましたね。

船越:実は私、入社当初から「ロビイングをやっている」という意識はまったくありませんでした。

もともと製品担当の責任者として入社したというのもあり、ロビイングはプロダクトマーケティングの一環という認識です。

日本でまだシェアの低かったコンカー製品のシェアを上げるためには、米国では取り入れられているスマホによる領収書の電子化を日本でも認めてもらうことで、自社のアドバンテージとなるのではないか——。

そのためにロビイングが必要だから着手したのであって、ロビイングの成功や規制緩和そのものがゴールではないんです。

― 今回おうかがいしたプロセスはとてもスマートなものでしたが、どこかがボトルネックになる可能性はあったわけですよね。

船越:その通りです。そもそもキーパーソンとなった政治家に会えなければ何も始まりませんでしたし、会っていたとしても財務省や国税庁で反対にあっていたかもしれません。

さらにいえば、規制緩和が実現できたとしても、米国本社に開発リソースがなくて「プロダクトに実装できるのは2年後」などと言われる可能性もあったんです。

グローバル展開している企業はどうしても、開発が順番待ちで着手が遅くなりがちです。でも今回は本社の担当者が、「ヒロアキが国の制度を変えてまでやっていることなんだから、すぐ開発してやるよ」と優先的に開発してくれたんです。

私は出会った政治家や省庁の方にとても恵まれましたが、開発に関しては、米国本社の担当者にも恵まれたと思います。

― 恵まれたと謙虚におっしゃいますが、やはり船越さんが勝ち取った信頼の結果だと感じます。

船越:一本、筋が通っていないとだめなのかなとは思いますね。経済発展をめざす改革省庁である経産省が考えていること、規制省庁である財務省が考えていること、そして企業が考えていること、さらには現存している社会課題——これらが重なり合うところに一本串を通さなければならない。

それはごくごく細いラインかもしれませんが、最初からそこを通すくらいのクリティカルな提案でなければ、チャレンジしても無駄で、結果的には撤退せざるを得なくなると思います。

キーパーソンに出会えるかどうかは運もあると思いますが、出会ったときには「こんな未来をつくりたい」などと夢を語るのではなく、きちんとファクトを準備して説得力のある設計図を示すことが大切です。

ちなみに今回、経済効果の数字を出してくださった企業は、普段から密にコミュニケーションをとっていたお客さまだったんです。

常に関係構築やコミュニケーションを怠らずにいれば、いざというときにご協力いただくことができたり、スピーディに情報を得たりすることができるのだと思います。

パブリックアフェアーズ人材は、企業の全ファンクションに精通せよ

― 船越さんはロビー活動は未経験だったとはいえ、プロダクトマーケティングの観点からステークホルダーとの関係構築やプロダクトの落とし込みまで、非常に多角的な視点で活動を行い、規制緩和を実現しました。これからパブリックアフェアーズを指向する人や、すでにパブリックアフェアーズを担うことになった未経験の人に向けたアドバイスをぜひお願いします。

船越:まず大事なことは、パブリックアフェアーズの担当者は社長直轄にすることですね。

経営者との間に人が何人もいると、どうしても恣意が介在してしまうからです。また社長は、一度ルールメイキングのために動くと決めたら、社益を優先せず口を挟まないことですね。

また、企業の中でパブリックアフェアーズを担う人を選ぶ際には、一つ重要な点があると思います。基本的には、その企業のすべてのファンクションに精通している人材であるべきだということです。

例えばルール改正に成功としたとしても、実際にサービスを導入してくださった後にお客さまからのクレームが多発するような、ひずみのあるルールでは、お客さまも社内のサポート担当も困るわけです。

私は製品部門の部門長でしたから、製品を作る側はもちろん、導入したお客さまをサポートする部門がどのようなケースでトラブルが生じるのかも把握しています。営業経験もありますから、営業担当がどんな切り口ならセールスが成功しそうかもわかります。

社のすべての人が、どうしたら胸を張ってお客さまに勧められる製品になるか——それを見通せる人間でないと、パブリックアフェアーズは担えないと思うのです。

― なるほど。もし経験がない場合には、まず企業のさまざまなファンクションに精通する取り組みから始めるべきですね。

船越:はい、パブリックアフェアーズに関しては、「時間がある人がやる」「やりたいからやる」と言ってやれるものではないと思います。私はあらゆる職能を経験しようと意識して、営業、SE、サービス企画・開発、コンサルティング、製品事業、収支管理と一通りの経験は積んできました。

もし、若い人がパブリックアフェアーズでキャリアを築きたいと考えているなら、「可能な限りいろいろな部署を回りなさい」とアドバイスしますね。ただ、何も身につかないうちに次の部署に異動してしまう悪しきジョブ・ローテーションでは意味がありません。

それぞれの部署できちんと結果を出せるようになり、自信をもって何年か過ごせるようになってから次のことに取り組むべきです。

そうして、早くても30代後半から40代になるころ、すべてに目配りできるようになってからパブリックアフェアーズに取り組むとうまくいくのではないでしょうか。

 

 

構成:伊藤宏子/撮影:内田麻美/編集:大島悠(ほとりび)

タイトルとURLをコピーしました