成熟期にある日本社会において、イノベーションを起こし新しい価値を創出していくには、今ある垣根を取り払い、官と民の連携を活性化して相乗的に力を高めていくことが求められます。
その土壌として、官僚コミュニティ、民間のコミュニティ、官民のコミュニティと、あらゆるステークホルダーの横断的なコミュニティづくりに注力しているのが、株式会社Publinkの栫井(かこい)誠一郎さんです。
業界の“横のつながり”を強化することで、パブリックアフェアーズ市場を成長させ、官民共創が当たり前の世の中にしていきたい――。真っ直ぐな信念のもと、活動を続ける栫井さんの思いをうかがいました。
1982年、東京都生まれ。東京大学工学部卒業後、2005年経済産業省に入省。成長戦略、人材政策、生産性向上、研究開発など、法改正を含むさまざまなジャンルに携わり、内閣官房への出向経験も持つ。官と民、両方の肌感を理解しつなげることの必要性を痛感し、2011年に経済産業省を退職。Webサービスの企画開発を中心としたベンチャー企業をはじめ、2回の起業(共同創業を含む)を経て、2018年に株式会社Publinkを設立。官民をつなぐ多種多様なコミュニティの運営に携わりながら、官民共創のさまざまな取り組みを推進。
省庁間の壁、官民の壁を切り崩すために経産省から民間へ
――栫井さんは2005年に経済産業省に入省されてから6年を経て、2011年、民間にみずから起業するという形で出ることになったのですね。どんな思いがあってその道を選んだのでしょうか。
栫井誠一郎さん(以下、栫井):入省時に希望したのは、経済産業政策局という、経産省全体の司令塔のような役割の部署です。経産省では細かく分かれた部署を1〜2年のサイクルで異動しながら成長していくのですが、まずは全体を見てからいろいろな現場に入っていくのが、一番成長のスピードが速いはずだと思ったんです。
幸いなことに希望が通り、入省してから2年弱は、さまざまな政策をパッケージして関係各所に調整に回るような仕事をしていました。その後は合計5つの部署に異動して、多様なジャンルの政策に携わりました。
その中で痛感したのは、大きく2つの点で、日本の社会や経済の発展を鈍らせてしまう構造のひずみが存在するということです。
第一は省庁間の連携について。経済の成長には、教育や社会保障など社会のあらゆるファクターが絡んできます。本来なら積極的に連携して動きをつくっていくべきなのですが、省庁の縦割り構造に阻まれることもしばしばです。
そのために、本来ならかける必要のない労力をかけて根回しをしたり、あるいは相手方が望まないような強引な形で組織間が動いて対立していたり。
私は大学は理系で、研究の世界では「本質を見ろ」と言われ続けてきました。社会課題を本質的に解決しようとしても、それを阻む構造的な障壁があることは、私にとってはかなりのジレンマだったんです。
そして第二に、官民の連携についてのひずみです。私は内閣官房に出向していたことがあるのですが、そのチームは過半数が民間企業からの出向者でした。国内の名だたる企業の課長、部長級のエースの人たちです。でも任期が2年であくまで本籍は企業となるために、どうしてもその方々がゲスト扱いになってしまって……。
専門性も、プロジェクトマネジメントのスキルも、営業や交渉力も彼らのほうが圧倒的に高いんです。それなのにゲストが責任は持てないということで、たかだか入省3年目の私がプロマネとして動き、40代、50代のスタープレイヤーの皆さんからトスをもらって意思決定をする。
自分にとっては貴重でありがたい経験である反面、役所では優秀な人財が十分に力を発揮する環境を用意できていない。それがすごく、もったいないなと思っていました。
そんなとき、当時、民間から内閣官房に就任されていた上司に教えてもらった「日本21世紀ビジョン」の話がとても印象的で。それを聞いたことで、私が進むべき道が見えたような気がします。
――「日本21世紀ビジョン」。どんな内容なのでしょうか。
栫井:2005年に政府から出た提言です。21世紀に入り、2030年に日本はどういう国を目指すのか、というビジョンを3本の柱で示しています。
第1の柱は、誰もが時間や性別、年齢、場所といったあらゆる制約を受けずに自由に働ける社会を作ること。第2の柱は、ダイバーシティをもった「かけ橋国家」として、世の中でプレゼンスを高めていくこと。そして第3の柱が、官や政府だけで国を支えるのではなく、国民と官がともに国の未来を築き上げていくことです。
その上司は民間登用で、「日本21世紀ビジョン」の作成にも参画していたのですが、「我々は、省庁間の縦割りを突破しないと絶対に実現できない柱をあえて作ったんだ」と志を語っていました。
それを聞いてから、私も同じ視点で現状と未来を考えるようになりました。そしてこれは省庁間の連携だけではなく、民間の力もかけ算して、大きな力を生み出していかないと実現できないと思うようになったんです。
では我が身を振り返って、今の自分は、組織を横断した価値を創出して、例えばこの3本の柱を達成するためにエンジンになれる存在だろうかといったら、まだまだ未熟すぎると思いました。
他の省庁の人の気持ちもそのときは分かりませんでしたし、どんな政策を進めたら企業はそこに投資して動いてくれるのかの感覚もありません。
省庁間連携はもちろん、官民連携を推進していくには民間企業の感覚を理解する必要がある。それは経産省の中にいて日々ヒアリングをするだけでは我慢できなくなって、民間の世界に飛び込んで体で覚えようと思いました。
そこで、まずは経営者の感覚を身につけるために、起業することにしました。プログラミングの勉強をして受託開発の会社を立ち上げたんです。
――民間に出て、いきなり起業というのがすごいですね。しかも経産省の経験を活かすのでもなく、プログラミングをゼロからはじめたんですか?
栫井:20代のうちはなんでもチャレンジしていこうと思っていたので。今の時代、成功した経営者になるにはウェブの感覚が必須だろうという思惑もありました。
――将来の官民連携という目標から逆算しての判断だったんですね。
栫井:そうです、すべては最終目標を見据えて動きました。その後は共同創業で獣医師専用のメディアを運営する企業の立ち上げと事業化を経て、2018年、いよいよ官民連携の活動に舵切りして、株式会社Publinkを始動させました。
コミュニティづくりを重視する理由はパブリックアフェアーズ市場の底上げ
――2回の起業を経て民間での経験も色濃く蓄積し、いよいよ官民連携の市場に進出していったわけですね。なかでも栫井さんは官と民、双方をつなぐコミュニティ作りに注力しているとうかがっています。その意図はどこにあるのでしょうか。
栫井:パブリックアフェアーズの領域はこれからの社会で本当に重要だと思う反面、市場が十分に育っていないまま、個々の専門家、専門会社がバラバラに動いている印象があります。まずは、大事な市場としてみんなで創っていく動きが大事だと思っています。
例えばロビイストたちはそれぞれに官僚や国会議員とリレーションを持っていて、その手数の中から提案をするわけですが、ロビイスト同士が横のつながりを持ったほうが提案力が上がるのは自明です。企業にしても、共通のニーズを持っている企業同士がまとまって政策提言をしていったほうが、国が動く可能性は格段に高まります。
ということは、官民あらゆるところで横展開でコミュニティを形成し、市場をみんなでつくって育てていくことが一番の早道だ、という結論に至りました。
――なるほど、コミュニティを広げることで官民連携の地盤をならしている段階ということですね。今はどんなコミュニティを運営しているのでしょうか?
栫井:6~7個のコミュニティにかかわっていますね。官僚コミュニティ、民間のコミュニティ、官民のコミュニティと、オールジャンルで携われるよう意識しています。
大きいところでは「政官民政策ネットワーク」という政府渉外やそれを支援する専門家などが300人以上集まるコミュニティや、大企業が200社以上集まる「官民交流国力倍増塾」、それに官の中では、「霞が関をもっとフラットに、省庁横断でイノベーションを!」をキーワードにした現役官僚限定コミュニティ「霞が関ティール」を最近立ち上げ、15省庁160人の現役官僚が参画し、日々登録も増えています。
省庁横断の政策テーマはたくさんあります。たとえば最近、世間でも深刻な問題として知られるようになった海洋ゴミの問題や、スーパーシティ構想・スマートシティというAIやIoTの技術を取り入れた街づくり、それにSDGsなどの重要な政策は、組織の枠を超えて価値を出さなくてはなりません。
新しい社会を創り出していくには、各省庁、そして民間の知見や技術を結集して取り組む必要がありますよね。そういうときにコミュニティをつくっておくことで、個人間の情熱が出会い、掛け算となることで、大きな推進力を生み出すことができます。
それから、一度民間に出て霞が関に戻ってきた人材が集まる、Revolver(リボルバー)会と呼んでいますが、いわば“出戻り会”や、省庁の卒業生があつまるアルムナイネットワークなども運営しています。
――本当に幅広い方々とつながっていらっしゃいますね。
栫井:はい、さらにどんどん広げていて、例えば霞が関ティールでは、今後の進化を見込んで“イケてる若手”と”推進力になる中堅”をたくさん集めていますが、それだけで国を動かせるわけではありません。
省庁横断コミュニティで設定しているバリューの1つは「若さを以て風を吹かせ、技を以て行動し、慧眼を以て義を守る。」つまり、若手・中堅・ベテランがそれぞれの持ち味を活かすことで、実現したい世界を実現することが大事です。
また、アルムナイの取組についても、現役とOBが政策ディスカッションをする企画など、横のつながりだけでなく、世代の上下でも断絶せず有機的な関わりをもてるよう意識しています。多様性からイノベーションが生まれると強く信じています。
官民、競合問わずアライアンスを組んでイノベーションを起こす社会に
――栫井さんから見て、企業が官民連携していく意義はどのような点にあると考えていますか?またどんな企業が官民連携に取り組んでいくべきだと思いますか?
栫井:企業がどのフェーズで国との連携に向き合うべきか、そこに正解はないと思います。経営者がどこに価値基準をおくかにもよりますし。ただ一つ言えるのは、市場自体を変革していく、劇的に大きくしていくときに、官民の連携は非常に大事なアプローチだということです。
そういう意味では、スタートアップにとってはメリットしかないですよね。新しいことにチャレンジするからスタートアップなのであって、既存の市場の延長線上でそのまま勝負したって大企業には勝てません。今までにない新しい市場をつくるのだったら、国や行政と一緒に社会的なムーブメントを高めるのが一番です。
もちろん、スタートアップだけでなく大企業も意識の変革が必要です。企業の中にもパブリックとのコミュニケーションが大事だという人がもっと出てきたほうがいい。スタートアップのように身軽には動けませんから難しいところもありますが、もちろん諦めていません。企業とのコミュニティで大企業のメンバーと一緒に活動しながら、少しずつ事業として一緒に動いてくれる大企業の方々も出て来ています。
競合するから他社には情報を与えない、あるいは陳情が通ったいち企業・団体だけが益を得るなど、個々の事情で動くのではなくまずは市場を大きくしていこうと、官と民、そして企業同士がアライアンスを結んで一緒にイノベーションを起こしていく未来を描いています。
「パブリックアフェアーズ市場=かっこいい」と思われる未来へ
――コミュニティづくりを通じてパブリックアフェアーズ市場の成長に貢献している栫井さんですが、活動において気をつけていることはどんなことですか?
栫井:私は、コミュニティの中に「かっこいい人」がたくさん属しているということが、すごく大事なことだと思ってます。
日本では、パブリックアフェアーズのポジションがまだ確立されていません。ロビイストなども今のところはマイノリティだし、見えないところで怪しいことをやっている印象を持たれてしまうこともあります。
でも、そこにいる人たちがすごく情熱的でパワフルで、見えないところではなく、活動もオープンにしてどんどん新しい市場を切り拓いている姿、そしてそのカッコイイプロジェクトをどんどん発信していけば、価値観がひっくり返って「これがかっこいい生き方なんだ」という空気が醸成されますよね。そのポジティブな空気に惹かれて、人材が集まり、官民共創がどんどん当たり前の世の中になってくるわけです。
ですから、いわゆるアーリーアダプターや、ファーストペンギンと呼ばれる人達を集めて、新しい価値観をマジョリティ化させながら世の中に広めていくことが大事だと思っています。
そしてもうひとつ、パブリックアフェアーズ市場が成熟していくのに欠かせない要素が、人材の循環です。官から民、民から官に移っていく人材、さらに言えば官から民に出た人がまた官に戻ってきたときに、その多様性が発揮される社会にしていく必要があります。
異なる2つの文化を経験していることは、大きなアドバンテージになります。例えば日本語しかできない人、英語しかできない人より、両方話せる人のほうが活躍の場は広いですよね。多言語を話せる架け橋人財と、その土壌に精通するネイティブがチームを組むことで、大きな可能性がひらけます。
私は、バイリンガルになぞらえて「パブリンガル」という言葉をつくり、発信しています。パブリンガルな人材が官民を循環し、それぞれの場で得てきた知見を活かして成長のスパイラルを作っていけば、日本をよりよく変える力になると信じています。私は人材循環の橋渡しをするコンシェルジュのような役割を果たしていきたいですね。
――「かっこいい生き方」という言葉が出ましたが、栫井さんにとって「かっこいい」とは具体的にどういう状態を指しますか?
栫井:ワクワク感、じゃないですかね。
――ワクワク感。ワクワクするような未来を感じさせてくれるということでしょうか。
栫井:その通りです。私が20代の頃、よく周りの人が「日本ってもう、長期的に見たらやばいよね」と言っていました。日本はもう斜陽だから、子どもはアメリカで産んでアメリカ国籍をとらせようと思ってる、とかしたり顔で言うんです。
理解はできるし反対はしないけれど、ノブレス・オブリージュや、社会で果たす役割を考えてガンガン動いている人に比べ、正直残念ですよね。アメリカに行くなら、そこで得た知見を、日米双方に役立てていくような大きな姿勢をぜひ持って欲しい。
――それがない、ただの逃げの姿勢ではあまりに寂しいですね。
栫井:私はこれから先、自分の子どもが生まれたとして、その子が大きくなったときに「お父さん、私は日本に生まれてきてよかったよ」と言ってくれるようにしたい。それが私にとっての「かっこいい」未来であり、そのベースは“ワクワク感”を感じられるかどうかにあると思います。
官民連携のコミュニティ活動と、そこからの官民共創のサポートを通して、みんなにワクワクしてもらえるようなビジョンを常に提示していきたいですね。
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構成:伊藤宏子/撮影:丹野雄二/編集:大島悠(ほとりび)