【前編】世界でひろがる「ミニ・パブリックス」とは?OECD本から読み解く!

書評

はじめに

今回取り上げる「ミニ・パブリックス」とは、熟議民主主義の一類型とされるもので、無作為抽出された参加者がパブリックな問題について様々な観点から議論を重ねていくことで、合意の形成をめざすというひとつの実践のことです。そして、「熟議民主主義」とは、平等で異なる価値観をもつ個人が参加し、話し合いを重ねることで合意を形成していく民主主義のことを意味します。この試みは、社会における問題が複雑化する中で解決のために必要とされる社会とのコミュニケーションにおいて注目されています。

この点、パブリック・アフェアーズの取り組みにおける合意形成にヒントが得られるかもしれません。そこで今回は、OECD Open Government Unit による『世界に学ぶミニ・パブリックス くじ引きと熟議による民主主義のつくりかた』を紹介します。この本は、世界で支持されるようになってきている「熟議の波(Deliberative Wave)」に関連して、公的な意思決定における抽選代表による熟議プロセスについて考察を加えたものです。

まず、この本における「熟議(deliberation)」とは、正確で適切な情報が提供され、視点の多様さが確保されている中で、意思決定までの評価の枠組みが共有され、多様な選択肢を吟味し、全体で決定を行うための共通の根拠を見出す議論のことを意味します。また、その熟議の参加者は、国民などの間から人口統計学的に様々な層にいる人びとが参加できるよう配慮した上で、無作為に選出されます(くじ引き、ソーティション)。このくじ引きは古代ギリシアから実施されてきた手法で、参加者の代表制や多様性、包摂性などにおいて重要な意味があるとされています。とりわけ、熟議の対象となるテーマに対してつよい利害関係や知見を有するひと以外が参加できることは、議論全体のかたよりを解消することにつながると評価されています。そのような議論が展開される本書のエッセンスを、一部かいつまんで紹介していきます。内容が気になる方は、ぜひ本書をお手に取ってみてください。

 

問題意識と熟議

問題意識

まず本書が著された問題意識を紹介します。それは、世論が一定の立場にいちじるしくかたよる傾向(分極化)があり、既成のエリートによる政治を否定または批難することを通じて、急進的な変革を主張する運動(ポピュリズム)が生じており、加えて、この世界はつねによくない勢力によって操られているという考え方(ペシミズム)が世界的に蔓延していると言われていることです。また、それにより、民主主義が動揺する時代となっており、どのように今後の世界を考えていくかが問われているというものです。このような状態が生じている原因は、①経済的要因、②文化的要因、③政治的要因、④技術的要因、⑤環境的要因が複雑に影響しあっているためだと考えられています。

 

まず、「経済的要因」とは、世界的に見ても、各国内で富の偏在が生じ、不平等が拡大していることを意味します。グローバリゼーションにより市場がひらかれたことにより、労働の担い手としての競争も世界のあらゆる地域、国に広がり、雇用が不安定化していること(不完全雇用)が原因と理解されることもあるようです。

次に、「文化的要因」とは、経済的な階層とも絡み、エリート層がもつ文化(知的資源など)とそうでない層がもつ文化に大きな開きがあることにより生じる構造のことを意味します。それにより、歴史的に意思決定の場に立つことが許されず、また、移民などの低賃金労働者により圧迫されてしまう労働環境にあり続けることになり、不安が生み出されつづけることになり、社会に不安定さをもたらすのです。

そして、「政治的要因」とは、経済成長や政策の改善だけでは、解消されない社会の不満とどのように向き合うかということを意味します。たとえば、実証的な研究によれば、人びとは、自分たちの生活に影響をあたえる政策形成に対して、数年に一度の投票よりも多くの影響力をもちたいと考える傾向がたかまっています。さらに言えば、人びとは政策に関し、成果だけでなくプロセスにおいて公正さが示されることを望んでいると分かっています。この点を受け、サセックス大学の政治学者ポール・ウェッブ(Paul Webb)が、「満たされない民主主義者」(Dissatisfied democrats)という概念を編んでいます。それは、民主主義の現状に不満を持っている人のうち、熟議に関与するなどアクティブな政治参加を望んでいるひとびとのことを意味します。アメリカの研究では、多くの人々が、市民や議員と熟議をおこなう機会への参加を望んでいるとされ、熟議への参加を最も望んでいるのは、党派政治や利益団体的な政治に消極的なひとだと分かっています。

さらに、「技術的要因」とは、社会全体で進行するデジタルトランスフォーメーションの影響で、人びとが得られる情報が、ソーシャルメディアやメッセージアプリによって、同じ嗜好を有する集団(多くは党派性の強い人の関係で行われる傾向が高い)の中で拡散・反復され、他の集団との対立を惹起する傾向のことを意味します。もうひとつの側面として、政府がデジタルツールをもちいることで、より効果的な公共サービスを提供できるようになっていることへの期待(および落胆)が影響しているとされる。

最後に、「環境的要因」とは、人類のあらゆる活動が自然に影響を与えることが認識された時代となったことで、あらたなガバナンスのアプローチを模索すべきであると考えられるようになったことを意味しています。

 

これらの要因を踏まえ、これまでの民主主義のプロセスや仕組みが、21世紀のあたらしい社会に対応できていないのではないか、そして世界で探求されている新たな仕組みがどのようなものか、が本書の問題意識となっています。

 

なぜ熟議なのか?

以上のような問題意識を踏まえて、本書がなぜ「熟議」に注目したかと言うと、選挙で選ばれた政治家と行政官だけでは、問題の諸相を捉えきれないほど社会が複雑化したからと言えるでしょう。そのため、より多くの人が参加することで、集合的に情報が豊かになり、物事の捉え方が多角化されます(認知的多様性)。これにより、よりよい解決策が得られる可能性が高まるというのです。このことは実証研究によって裏付けがなされており、人間は社会的な―とりわけまったく異なる視点を持つ人々との―交流をもつと、効果的で論理だった思考をえられることが分かっていると言います。

 

さらに、抽選代表による熟議をおこなうことで、政策に関する支持がよりひろい人びとの間で確立されるとの報告もなされています。それだけでなく、それを通して、参加していない一般市民の公的な能力(civic capacity)と政治的有効性感覚(political efficacy)が高まることも分かっています。さらに、一般のひとが参加することにより、意思決定の場に現場の知識(local knowledge)や生の経験(lived experience)がくわえられる可能性があることも評価される要因となっているようです。

 

熟議のモデル

世界中の実践例をまとめていくと大きくわけて12の形式があり、大きく4つに分類できるようです。その分類は、①提言形成モデル、②意見の把握モデル、③法案の評価モデル、④熟議機関モデルです。

提言形成モデル 1.市民議会

2.市民陪審/パネル

3.コンセンサス会議

4.計画細胞

意見の把握モデル 5.G1000(ベルギー)

6.市民カウンシル

7.市民ダイアローグ

8.討論型世論調査

9.世界市民会議

法案の評価モデル 10.市民イニシアティブ・レビュー
常設型熟議機関モデル 11.東ベルギーモデル

12.市民監視委員会

 

まず、提言形成モデルは、市民議会形式の2004年カナダ・ブリティッシュ・コロンビア州や2006年同・オンタリオ州の選挙制度改革、市民陪審形式のトロント計画レビューパネルやトロント大都市圏メトロリンクス交通パネル、コンセンサス会議形式の1999年食物連鎖における遺伝子技術会議、計画細胞形式の2016年ヴッパータール市民のためのケーブルカー会議などが例として紹介されています。このモデルは、多くの適切な情報を参加者が得られる環境を整えたうえで、参加者が熟考し、集団的に提言を作成するモデルとされ、異なる立場間の調整が必要で複雑な政策課題やいきづまっている課題にたいして有効だと言われています。

 

二つ目の意見の把握モデルは、2011年ベルギーのG1000、オーストリアの市民カウンシル、カナダのエネルギーの未来に関する市民ダイアローグ(2017年)、1988年にスタンフォード大学で開発された討論型世論調査、2015年気候・エネルギーに関する世界市民会議などが紹介されています。このモデルは、提言形成モデルに類似の仕組みをもっていますが、より短時間で開催するために市民の意見を吸い上げる形で実施されています。

 

三つ目の法案の評価モデルは、アメリカ・アリゾナ州、コロラド州、マサチューセッツ州、カリフォルニア州などで実施されている市民イニシアティブ・レビューが主な例として紹介されています。このモデルは、住民投票などにかけられる法案について、担当者や有識者からの情報を得たのちに、検討を加え、賛成派・反対派双方の主張をまとめ、住民投票に先立ち有力な証拠をもとにステートメント(声明)として発表するもので、すべての有権者にパンフレットとして配布されます。

 

最後の常設型熟議機関モデルは、東ベルギーの常設の市民カウンシルやスペイン・マドリッド市議会による市民監視委員会が例として紹介されています。たとえば、市民監視委員会では、デジタル参加型プラットフォーム「ディサイド・マドリッド(decice.madrid)を通じて提起された市民提案の評価を行っています。無作為に選ばれた49名の市民が年に8回、熟議をおこなっています。さらに、それを経た提案を市民投票にかける権限をもっています。

 

このように様々な熟議プロセスのモデルが検討された後に、世界中で進行する熟議プロセスの傾向性(トレンド)が次のチャプターで議論されます。PublicAffirs JPでは、次の「【中編】世界でひろがる「ミニ・パブリックス」とは?OECD本から読み解く!」で紹介します。 ‎

タイトルとURLをコピーしました