世の中にはさまざまな規制やルールが存在します。その一つである「校則」は、日本で学校に通ったことのある人なら、誰もが触れたことのあるルールでしょう。
しかしそもそも「校則」とは、誰がどのように定めたものなのか、法的な根拠はあるのか、知っている人は少ないのではないでしょうか。1970年代以降、校則は、教育現場で発生する諸問題と関連して議論されてきました。そして2010年代以降、新たな課題が提示されています。
子どもたちの人権侵害につながりかねないルールや、校則の名のもとに繰り返される理不尽な指導を「ブラック校則」と命名し、2017年から問題提起を続けているのが「ブラック校則をなくそう!」プロジェクトチームのみなさんです。
今回は発起人である須永祐慈さん(NPO法人ストップいじめ!ナビ 副代表理事・事務局長)に、「校則」というルールがもつ課題と現状、それを解決するためにどのような取り組みを行っているのか、うかがいました。
NPO法人ストップいじめ!ナビ副代表理事
1979年、東京生まれ。いじめ問題や教育問題に対し専門家のノウハウを結集させ、各方面への情報発信、啓発などを行っている。小学校4年生からいじめ・不登校を経験し、フリースクールで育つ。教育問題に関する研究や出版活動などを経て現在。全国各地の学校や教育関係者などで講演を行う他、他団体とのネットワークを持ちながら活動をしている。「ブラック校則をなくそう!」プロジェクト発起人。大津市インターネット等によるいじめ対策会議副座長(2019年度)。公益財団法人東京こども図書館評議員など。メディア取材・出演多数。
「ブラック校則をなくそう!」プロジェクトの活動
- 2017年10月 校則で「髪の黒染めを強要」大阪府の高校生が学校を提訴。生まれつき茶髪の女子高校生が、校則によって黒染めを強要され精神的苦痛を受けたとして学校を提訴
- 2017年11月 Twitterのハッシュタグ「 #ブラック校則 」を活用し、事例を集めはじめる
- 2017年12月11日 「ブラック校則」に関する署名活動スタート。Change.orgにて、3日で約2万人の署名が集まった
- 2017年12月14日 「ブラック校則をなくそう!」プロジェクト発足。記者会見を実施
- 2017年12月〜2018年2月 ブラック校則に関する大規模調査を実施
- 2018年3月 調査結果をもとに、2回目の記者会見を実施
- 2018年8月 単行本『ブラック校則 理不尽な苦しみの現実』(東洋館出版社)発売
- 2019年11月 映画『ブラック校則』(配給:松竹)上映開始
校則ありきの不適切な運用や指導によって生まれる「ブラック校則」
― 校則とはそもそも何なのか、一体誰が決めているのか、まずは基本のところを改めて教えていただけますでしょうか。
須永祐慈さん(以下、須永):はい。ここでは、政府が出している文書に基づいてご説明しますね。まず、文部科学省が制定している「生徒指導提要」というものがあります。
▲「生徒指導提要」
「生徒指導に関する学校・教職員向けの基本書として、小学校段階から高等学校段階までの生徒指導の理論・考え方や実際の指導方法等を、時代の変化に即して網羅的にまとめたもの」(引用元:文部科学省 公式サイト )
この中に、校則の基準が定められています。校則について明確に定義された法律はありません。法律で定めるものではなく、あくまで「学校長の権限で、学校内で運用されるもの」とされています。
生徒指導提要には校則をどう運用するかについて、「一人ひとりの児童生徒に対して適切な指導を行うとともに、内面の自覚を促し、校則を自分のものとして捉え、自主的に守るように指導を行っていく」ことが重要と書かれていますね。
またそれに加えて、「学校を取り巻く環境、児童生徒の変化に合わせ、校則を積極的に見直さなくてはいけない」という記述もあります。
— 根拠となる法律はなく、ガイドラインだけが存在していて、各学校に運用が任されているのですね。
須永:そうですね。ただ「校則」と一口に言っても、生徒手帳に書かれているものだけではなく、「生徒指導の先生が何年度から決めた」というような、明文化されていなくても周知徹底されているローカルルールなども含みます。
— 明文化されていない独自ルールも、校則になり得る……そうした細かいルールが増えたことが、いわゆる「問題校則(ブラック校則)」を生んでしまう原因の一つになっているのでしょうか。
須永:いえ、実はルールがあるだけなら、それほど問題が起きることはないんです。問題なのは、不適切に運用が行われるケースなんですよね。校則ありきの不適切な運用や指導によって、ブラック校則が生まれてしまうんです。
— 具体的に、学校の現場ではどのようなことが起きているのでしょうか?
須永:例えば、校則には「清潔な服装を心がけること」と書かれているだけなのに、実際の運用では、眉毛を剃ってはいけない、もちろん化粧もダメ、リップクリームもダメ、前髪は何センチまで、女性は髪留めの色まで指定されている……。
「清潔な服装」を促すために決めたルールが、いつしか意味がよくわからない運用によって、生徒たちががんじがらめにされているケースが多く見られます。校則とその運用の掛け算で、必要以上に厳しく、ときには理不尽ともいえる指導が生まれているんです。
一つの事件を引き金に、プロジェクト設立を呼びかけた
― 須永さんをはじめとする複数のメンバーのみなさんが、そうした問題校則にフォーカスして2017年にはじめたのが「ブラック校則をなくそう!」プロジェクトですね。この取り組みは、どのようにして始まったのでしょうか。
須永:きっかけは、学校を舞台に起きた、一つの事件でした。
私はもともと、自分たちでNPOを立ち上げて子どもたちのいじめや不登校の問題に取り組んでおり、子どもの問題について解決を目指すさまざまな団体とつながりがありました。普段から、関連するニュースをシェアしたり、集まって情報交換をしたりしていたんです。
2017年に大阪の女子高生が、生まれつきの茶髪を黒染めするように何度も指導され、不登校になり、精神的苦痛を受けたとして裁判を起こした事件があったのをご存知でしょうか?
この事件を受けて、荻上チキさんや、日本の子どもの貧困問題に取り組むNPO法人「キッズドア」の渡辺由美子さんらと話し合い、「こんなに厳しい問題校則がいまだにあるのはよくない」と、課題意識を強くしたんです。
そこでこれらのミッションに対し、具体的に動いてくれそうなメンバーに呼びかけて、問題校則の課題に取り組むプロジェクトを立ち上げることにしました。
— しかし明文化された法律や規制を変えるのとは違って、根拠となる法律もなく、全国に何万校とある学校の現場に運用が委ねられている校則について、問題を喚起していくのは難易度が高い取り組みですよね。実際に須永さんたちは、どのようなアプローチをしていったのでしょうか。
須永:おっしゃる通り、校則は各学校が決めて運用するものなので、一斉に何かを変えていくのは不可能に近いことです。そのため私たちは、世論に訴えかけることで議論を呼び起こす“着火剤”——つまり最初のアクションを起こそうと考えました。
社会問題に対する議論に火をつけるためには、事実に基づいたエビデンスが不可欠です。そこでまずは、基本となる署名活動(Change.org)と、Twitterを活用した事例の収集からはじめることにしたんです。
3日で2万件集まった署名に手応えを感じ、大規模な実態調査に踏み切った
― Twitterでの反響はどうでしたか?
須永:私たちはTwitterのハッシュタグを使って情報を集めることにしました。Buzz Feed Japanさんが使われていた「#こんな校則はいらない」というハッシュタグの効果とも相まって、2週間くらいの間に数百件の事例が投稿されたんです。署名も、開始から3日で2万件が集まりました。
私たちはその反響に手応えを感じて、プロジェクトの運営チームとして記者会見を実施することにしました。それが12月上旬のことです。
― プロジェクトとして、かなり好調なスタートだったのですね。
須永:私たちの呼びかけに応え、賛同人になってくださる著名人の方も着実に増えていきました。また、メディアの関心も非常に高かったですね。
― 須永さんをはじめ、メンバーのみなさんが普段から取り組んでいることがベースにあって、各自の専門領域や独自のネットワークが掛け合わせられたことで、迅速なプロジェクトの立ち上げが実現できたのですね。そのうえすでに社会の中で、「ブラック校則」に対する潜在的な課題意識がうずまいていたことも大きかったのでしょうか。
須永:そう思いますね。私たちも当初は、ここまでの反響が得られるとは思っていなかったんです。SNSやメディアでの反応、記者会見での関心の高さを目の当たりにして、プロジェクトの活動を本格化していくことを決めました。
― 次の展開として、どのようなことに取り組みましたか?
須永:署名活動、SNSでの情報収集、記者会見の次に取り組んだのは、ブラック校則についての大規模調査です。12月の記者会見後に着手し、翌年2月には調査結果が出てきました。その結果に、私たちはまた意表を突かれることになります。
30年前よりも厳しい? 10代の子どもたちが直面する「校則」のリアル
参考:校則に関するインターネット調査の結果報告(2018年2月、記者会見時の配布資料)
― 調査によって、どのような事実が判明したのですか?
須永:いくらブラック校則が多いといっても、校則の運用が行きすぎて、体罰が社会問題となっていた1980年代と比べれば、現在、学校のルールは多少なりともゆるくなっていると考えていました。でも私たちは、調査結果を見て驚きました。校則は、2010年代に入った現在の方が細かくなり、厳しさを増していたんです。
― 意外な結果——なぜそうした事態が起きてしまったのでしょう。
須永:それを理解するためには、時代をさかのぼり、時系列で見ていく必要があります。はじめに校則による生徒への締め付けが厳しくなったのは、子どもによる校内暴力が増えた1970年代でした。危機意識をもった大人たちが導入したのが、管理教育です。
徹底的に生徒を管理することで、暴力をなくすだけではなく、学校に対し従順にしていく。この対策が、一時的には見事に成功したんですよね。しかしそうした管理教育の行きすぎとして、1980年代には体罰が横行するようになってしまった。
― そこで一度、体罰や厳しい罰則が問題視されて、校則について見直されるようになったのですね。
須永:そうです。だから、今の40代の人たちは体罰も含めた厳しい校則運用を経験している人が多いのですが、30代、20代の経験は若干ゆるやかになっているのがわかります。しかし調査結果を見ていくと、10代でまた、校則による理不尽な指導を受けていると感じる人の数が跳ね上がっているんです。
― このグラフの上昇の仕方は……正直なところ、衝撃的でさえありますね。
須永:当然のことながら、10代の子たちは現在進行形の当事者ですから、記憶も新しく、他の世代と比べると感情的なバイアスがかかっていることは否定できません。しかしそうした要素を差し引いたとしても、「ブラック校則」に悩まされている人が増えているのは事実だといえます。
― 昔の校則と今の校則で、何か違いはあるのでしょうか?
須永:調査結果によると、時代と共に「授業中に水飲みを禁止する」など、身体的な体罰にあたるような規則はなくなってきています。しかし、身だしなみや服装規定などの校則はより細かく、厳しくなっています。
例えば生まれつきの髪の色、体質などを考慮せず統一ルールを適用する、女子生徒の下着の色が決められているなど、一歩間違えばハラスメントになるようなことも含まれていました。
体罰が禁止されてから指導の内容が変化したことで、校則の過剰な運用が、生徒たちの精神面に影響を及ぼすようになっていると私たちは考えています。
「ブラック校則」を問題視するメディアが増え、認知が広がる
― この調査結果を新たなエビデンスとして、2018年3月に改めて、記者会見を開いていらっしゃいますね。反響はいかがでしたか?
須永:2回目の記者会見は、1回目よりもはるかに反響がありましたね。十数台のTVカメラと、およそ50人ほどの記者さんが参加してくれました。
しかもその反響は一時的なものではなく、現在に至るまで、コンスタントに取材の依頼をいただいています。現役の高校生たちがプロジェクトメンバーに会いにきて、当事者としての声を届けてくれたこともありました。
Webサイトを通じて寄せられる、ブラック校則の事例も増えています。プロジェクト立ち上げから2年の間に、400件近い投稿がありました。
― 問題の認知が広がり、2019年秋には映画『ブラック校則』が製作されたりもしていますね。「議論に着火する」というプロジェクトの目的は、果たされたとお考えですか?
須永:まだまだ全体の議論に発展しているとはいえないものの、着実に関心は高まっていると感じています。また活動を通じて新たなつながりやご縁が生まれ、次の取り組みもはじまっています。
― 今後はどのような取り組みをされていくのか、おうかがいしたいです。
須永:生徒側だけではなく、教員側にも「指導の仕方を変えるべき」と問題を認識している方も少なくありません。今後は教職員のみなさんに対する調査も欠かせないと考えています。
また現在、私たちは地方の市民団体などと協力して、各自治体や学校に対して、校則に関する情報公開請求を行っています。実際にどんな校則があり、どのように運用されているのか——集めた情報を分析し、新たなエビデンスを生み出すことで、次の活動につなげていきたいと考えているんです。
「ブラック校則」一番の問題は、人権侵害だと自覚されにくいこと
― 問題の現状を綿密に調査して、実際にどのようなことが起きているのかをデータで分析し、エビデンスを発見していく。すべての活動の原点は、そこにあるのですね。確かにこうしてデータで実態を示されなければ、校則が人権侵害になっている事実には気づかなかったかもしれません。
須永:そう、「ブラック校則」の問題で重要なポイントは、まさにそこなんです。
当事者である生徒たちの大半は、校則を「当たり前のもの」と捉えています。だからどんなに理不尽な指導をされたとしても、それが日常になってしまっていることも多く、問題だと自覚するケースが少ないんです。
でも校則を盾にして、生徒を恫喝するように追いつめたり、学校側が必要以上に生徒を監視したり、画一的なルールから少しでもはみ出すといじめにつながったりと、子どもたちの精神を蝕んでいる事例は山ほどあります。
ブラック校則に関するデータを集め、具体的な事実を明らかにすればするほど、それこそ人権侵害を超えるような、本当に打ちのめされた経験を持っている子どもたちがたくさんいることがわかってきました。
こうした現状を問題視できない、声を上げるに至らないことこそが、教育をはじめさまざまな領域を横断する、根深い問題なのだと感じています。
自分の考えを発信し続ければ、同じ課題意識を持つ人が集まってくる
― ブラック校則の問題に限らず、現状に問題意識を持ち、声を上げたいと思っていても、なかなか一歩が踏み出せない——そんな人も多いのではないかと思います。須永さんなら、どのようにアドバイスしますか。
須永:はじめはとにかく、「私はこう思っている」と声を上げることです。SNSを通して疑問をつづってみてもいいし、近しい人に「これが問題だと思っているんだけど」と話してみるだけでもいい。
発信を続けていくと、同じ課題意識を持っている人がいれば、必ず賛同人が集まってきます。3〜4人集まれば、もうそれはプロジェクトになり得ることです。
具体的に社会を動かすためのノウハウなどは、賛同してくれた人たちと連携していく中で後から得られるもの。だからまずは、「私はこう思っている」と旗を立てることが大事だと思いますね。
― まずは自分から声を上げて、仲間を集め、少しずつ行動を積み重ねていくこと。基本はごくシンプルですね。
須永:そうですね。もし、あなたが感じている問題に共感してくれる人が1人でも2人でもいるのなら、背後には同じように苦しんでいる人がもっとたくさんいるはずです。そのことを忘れないでほしいですね。
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撮影:内田麻美/構成・編集:雁屋優、大島悠(ほとりび)