主権者教育のアップデートを目指して ーアドボカシーと学校教育ー

事例

はじめに

本連載は、学校現場で実践されている主権者教育についてアドボカシーの視点から考え直し、学校現場で教材となり得る事例を届けることを目的としています。

現行の学習指導要領では、現実社会の諸課題を扱った指導の充実や関係機関との連携の推進が求められていますが、その取扱い方はすべて現場任せになってしまっているのが現状です。この問題は、学校現場にいる教員だけではなく、NPOやNGO、企業といった各々の立場で考える機会が必要であると考えます。学校現場で主権者教育や民主主義、政治参加をどのように教えるべきか悩んでいる教員の救いになるように、これからの主権者を共に育てていくために、ぜひ一緒に考えてください。

学校教育において「主権者教育」の充実が求められるように

2016年に公職選挙法などが改正され、選挙権を持つ年齢が満18歳に引き下げられたことにより、「18歳選挙権」が世の中のホットワードになりました。これに伴い、学校教育でも「主権者教育」の充実が求められるようになりました。

主権者教育とは、国や社会の問題を自分の問題として捉え、自ら考え、自ら判断し、行動していく主権者を育成する教育活動のことを指します。これまでにも「法教育」「政治教育」「民主主義教育」など、主権者教育に近しい教育が実施されてきましたが、そのほとんどは教員の判断に委ねられているものであり、すべての生徒が政治への関わり方について学ぶ機会は担保されていませんでした。18歳選挙権の導入によって、これからの社会を担う子どもたちに対して、主体的に国家及び社会の形成に参画するために必要な資質・能力の育成を行う「主権者教育」の充実をより一層重視する傾向が強まっています。

主権者教育の実態とは

学校現場ではどの程度主権者教育が浸透しているのでしょうか。文部科学省は、18歳に相当する高校3年生に対する主権者教育の実施状況は96%であると公表しており、ほとんどすべての生徒に対して主権者教育が実施されていると解釈できます。さらに、全国で実施されている主権者教育の具体的な指導内容は、「公職選挙法や選挙の具体的な仕組み」を指導している学校が約85%、「模擬選挙等の実践的な学習活動」を行っている学校が約47%、「現実の政治的事象についての話し合い活動」を行っている学校が約34%という結果になっています。

では、現在盛んに行われている主権者教育は、本来の主権者教育のあり方と合致しているのでしょうか。18歳選挙権の導入を機に、総務省と文部科学省が連携して作成した高校生向け副教材『私たちが拓く日本の未来』において、「主権者教育」の実践編として以下の項目が取り上げられています。

話合い、討論の手本
・ディベートで政策論争をしてみよう
・地域課題の見つけ方
模擬選挙
・未来の知事を選ぼう
・実際の選挙に合わせて模擬選挙をやってみよう
模擬請願
・議会に提出する請願書をまとめよう
模擬議会
・課題解決を目指して議論しよう

このように、国が進める主権者教育では、選挙に関する知識を学ぶだけでなく、模擬選挙や模擬請願を実施することを想定しています。このような実践を通じて、国や社会の問題に対してより主体的に行動できる主権者となるような教育を目指しています。

しかし、高校で実践されている主権者教育は、選挙の仕組みの理解が中心となっており、体験活動である模擬選挙や話合いの実施も一部の学校に留まっています。『民主主義の担い手』になることを求めているにもかかわらず、副教材で扱われている内容は、選挙における投票、制度としての請願や議会等での政策に関する議論に限定されており、どこでどのように政策について議論するか、誰にどのように働きかけるかといった政策実現の過程については触れられていません。このことから、現在の主権者教育は、学習する政治参加の知識に偏りのある内容になっており、学習の中心に選挙があると結論付けられます。

たしかに、間接民主制をとる民主主義国家において、政策決定は国民の代表である議員からなる立法府と、立法府のもと政策を執行する行政府によって行われているため、その根幹となる選挙が学習の中心となるのは、当然といえば当然とも考えられます。しかし、環境問題やまちづくり、教育や福祉制度の在り方、貧困問題、国際化・多文化共生など、多様化と格差が進む現状の社会にそぐわないルールが放置されていたり、制度的手当が十分でないままになっているのが現状です。「決められたルールと現状が異なるため不具合が発生しており、変更する必要がある」「当事者たちが困っている」と声を上げた市民によって初めて議員たちがその異常に気づくのであれば、選挙を補完する政策形成参加のルートとして、請願やアドボカシーといった方法を若者たちが獲得する必要があります。

このように、選挙以外の政策形成のルートを使うことでようやく政治や社会が変わることを踏まえると、投票率の向上ばかりに目を向けた方針を捨て、さまざまな政策形成のルートを知る主権者教育への方向転換が必要になるのではないでしょうか。

主権者教育のアップデートを図る

従来の主権者教育では、選挙以外の政策形成ルートとして、「請願」が取り上げられていました。先述した副教材では「議会に対して自分たちのまとめた意見書を提出する」という形態が取り上げられていましたが、請願を受けた公的機関は、請願を受理すれば足り、請願内容に応じた措置をとるべき義務はありません。そのため、一度請願書を提出しただけで社会が変化することはほとんどありません。つまり、さまざまなルートを掛け合わせてアプローチする必要があり、それについても主権者教育で取り上げる必要があります。

主権者が自ら声をあげ、社会を変えていく方法のひとつに、アドボカシーがあります。アドボカシーとは、公共政策や世論、人々の意識や行動などに一定の影響を与えるために政府や社会に対して行われる団体の働きかけのことであり、特に「政策提言」にあたる活動をロビイング(ロビー活動)と呼びます。これからの社会の担い手である子どもたちにとって、問題を解決するための一手段にアドボカシーという考えがあることを伝えていきたいと考えています。特に今回は、市民という立場から最も近しい位置にある市民社会組織(NPOやNGOなど)による「市民アドボカシー」を取り上げていきます。

では、現在の学校教育とアドボカシーには、どのような点で親和性があると考えられるでしょうか。文部科学省が定める教育課程の基準である「学習指導要領」は、社会の変化に対応し、生き抜くために必要な資質・能力を備えた子どもたちを育むために、この数年で改訂されました。高等学校学習指導要領の改訂のポイントの1つに、文部科学省は以下の文章を掲載しています。

選挙権年齢が18歳以上に引き下げられ、生徒にとって政治や社会が一層身近なものとなっており、高等学校においては、社会で求められる資質・能力を全ての生徒に育み、生涯にわたって探究を深める未来の創り手として送り出していくことがこれまで以上に求められる。

生徒にとって政治や社会が一層身近なものとして感じられるものの一つに選挙を挙げ、模擬投票を行う事例が多々あります。しかし選挙の意義やその手順といった知識を身につけたとしても、「国や社会の問題を自分の問題として捉え、自ら考え、自ら判断し、行動していく」ことに繋がらなければ、主権者教育としての役割を果たしていないといえます。

現実に、10代の投票率は右肩下がりであり、現状の主権者教育では行動まで結びつけることができていないことが問題です。とすれば、市民による政策形成ルートのひとつであるアドボカシーの事例から、「国や社会の問題を自分の問題として捉え、自ら考え、自ら判断し、行動していく姿」を学習することは、「生涯にわたって探究を深める未来の創り手」を育成することに寄与できるのではないでしょうか。

また、高等学校学習指導要領では、育成を目指す資質・能力を明確にした文章が示されています。

予測困難な社会の変化に主体的に関わり,感性を豊かに働かせながら,どのような未来を創っていくのか,どのように社会や人生をよりよいものにしていくのかという目的を自ら考え,自らの可能性を発揮し,よりよい社会と幸福な人生の創り手となる力を身に付けられるようにすることが重要である(省略)

小・中学校学習指導要領の改訂のポイントでは、主権者教育の充実について触れています。

市区町村による公共施設の整備や租税の役割の理解(小:社会)、国民としての政治への関わり方について自分の考えをまとめる(小:社会)、民主政治の推進と公正な世論の形成や国民の政治参加との関連についての考察(中:社会)、主体的な学級活動、児童会・生徒会活動(小中:特別活動)

このように、予測困難な社会の変化に主体的に関わり、生涯にわたって探究する姿勢や目的意識を持ってよりよい社会と幸福な人生を自ら創り出していく力を重視し、民主政治や国民の政治参加を考える点においては、社会変革を目指し発信し続けるアドボカシーと親和性が高いと考えられます。また、新学習指導要領から探究学習が導入されたことにより、これらの傾向がより強い実践が必要になっていくと考えられます。

以上のような流れを受け、本連載シリーズでは、主権者教育のアップデートを目指し、アドボカシーやその考えを学校現場に導入することを検討していきます。特に、社会で活動されている個人・団体の事例を分析し、教材化へ繋げていきます。

 


制作:PublicAffairsJP編集部

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