スタートアップの新・必須科目!非市場戦略とパブリックアフェアーズ(講演録 第3回/全4回)

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2023年8月16日(水)、つくばスタートアップパーク主催のSTAPA STARTUP TALKにて、「スタートアップの新・必須科目!非市場戦略とパブリックアフェアーズ」と題して、マカイラ株式会社代表取締役COOの高橋朗が講演しました。当日の講演内容の一部をご紹介いたします。【全4回のうちの第3回 /#1 #2に戻る/ #4に続く】

ここまで抽象論が多く続いたので、四つほど具体的な事例を交えてPAについて説明します。なお、必ずしもマカイラが手掛けた事例とは限りません。

 

事例①フィンテック業界:オンライン本人確認の実現

ひとつめは、フィンテック業界が働きかけて、オンライン本人確認を実現した事例です。

現在は、おおむねどんな金融サービスも、スマホやPCから利用を申し込み、オンラインで本人確認を行って、その場でサービスを利用できるようようになってますが、かつては、免許証のコピーなど本人確認書類を郵送し、数日後に業者が書留郵便で送付した書類の受領をもって本人確認とし、ようやくサービスの利用ができるという状態でした。

これではユーザーにとって不便で、業界にとってもサービスの普及を妨げる大きな問題。しかし、オンラインで完結する本人確認は、当時のルールではクロ、違法だったんです。

どんな法律に抵触していたかと言うと、警察庁が主管する、マネーロンダリングを防止するための「犯罪収益移転防止法」の規定でした。

そこで、フィンテック業界は、海外事例調査や専門家へのヒアリングを通してエビデンスを集めて、「オンライン完結の本人確認は、紙の書類による本人確認よりも便利なだけでなく、より安全でもある」というメッセージを作っていきました。

そして、このメッセージをもって、まず、金融庁やフィンテックに理解の深い与党の若手政治家の協力をとりつけます。

その後、やや保守的な勢力ともいえる全国銀行協会、金融に詳しい与党のベテラン政治家も味方につけ、金融庁で有識者会議を立ち上げて様々な立場の方々による議論を行うことに漕ぎ着けました。

また、メディアを巻き込んで安全性に関する論調を作り、最終的には警察庁が犯罪収益移転防止法の成功規則を改正することで、2018年、オンラインで完結する本人が確認が実現しました。

ここでポイントになるのは、適切なエビデンスを収集し、警察庁が心配する「安全性」の観点について適切な解を練り上げていったことと、所管する警察庁にいきなりアプローチするのではなく、金融庁や与党などに多くの仲間を先に作ったことで、冷静な議論・検討の土台をつくったことが効果的だったと思われます。

 

事例②ネットフリマ事業者:過度な規制を予防

続いて、ネットフリマ事業者の事例です。メルカリに代表されるネットフリマの事業者は、2017年当時、古物営業法の対象とされかけたことがあります。

古物営業法は、自ら古物を売買する骨董屋さんを規制する法律ですが、不正出品などの問題からネットフリマ事業者にも適用すべきとの意見が浮上していたのです。ネットフリマ事業者は、ビジネスモデルが異なる骨董業界と同じ法律で規制されては、事業展開上の制約が強まることを懸念し、適切な規制にとどめるべき、と主張していました。

ネットフリマ事業者は、「ネットフリマは個人の経済活動を活性化させて、社会・経済に有益」というメッセージを練り上げる一方で、不正出品等の懸念に対しては「業界として自主ルールを策定して違法出品対策等に取り組む」ことを宣言して、「守り」も固めました。

その上で、ITに関心がある・好意的な議員を巻き込み、警察庁と対話を重ねました。一社一社が個別に話しても「一社の利益のため」となるため、業界団体を立ち上げてこうした対話を進める傍ら、メディアにも丁寧に説明して好意的な流れを作ることに成功しました。

また、同様に規制強化を警戒する古物商やリサイクル事業者も巻き込んで、警察庁で「古物営業法改正検討会」を立ち上げ、「当面は業界の自主ルールを定めて違法出品対策をするため規制強化は行わない」という結論を得ることができました。

こちらも、相手が懸念するポイントについてきちんと解を用意したこと、業界団体や他業界も一緒に、対話・議論の場を作ったことが奏功したものと思います。

 

事例③電動キックボード 市場創造のためのルールメイキング

続いては、電動キックボードをめぐる道路交通法の改正の事例です。2023年7月から法律が施行されて、名実ともに日本で電動キックボードが走行できるようになりましたが、業界が取り組み始めた当初は、これは不可能ではないか、と言われていたようです。

なぜなら、影響する論点と関係する官庁が多過ぎたから。道路運送車両法の国土交通省、道路交通法の警察庁はもちろんのこと、原付扱いですから、ナンバープレートは総務省、自賠責保険は金融庁なども関係。安全性に関する論点が複雑に絡み合って、どこから話を進めるべきかも見えない状態でした。

これをどのように進めたのか、具体的にお話します。2019年5月にLuupさんを中心に業界団体が設立されました。

さらに、7月、経済産業省主導の政府の会議で「電動キックボードのような多様なモビリティが大切である」ことを説明、公式の場で問題提起した、という実績を作りました。

その後、10月から規制のサンドボックス制度を使い、大学の構内という特定のエリアで実証実験を行って、利便性・安全性に関するデータを収集。同時に、自民党のMaaS議連のなかで「ラストワンマイルの移動が重要」と考えそうな国会議員に声をかけて、「マイクロモビリティ推進プロジェクトチーム」の設立を働きかけました。

こうした議員連盟の価値は、関係者が一堂に会する議論の場をつくることにあります。

議連の声掛けで、事業者のほか、国交省・総務省・金融庁・警察庁の課長や課長補佐クラスが集まることで、事業者側の認識している問題点、各官庁が配慮すべき法令上の問題点などが俎上にあがります。そのうえで、議員から各官庁に検討を促したことで、議論が大きく前進しました。

こうした議論を踏まえて、2020年6月、この議連PTが普及に向けた提言が出し、政権に提出。この結果、政府の基本政策文書である成長戦略に「電動キックボードについて検討すること」と記載されました。これを受けて、10月から新事業特例制度を活用して公道での実証事業を実施することが可能になった訳です。

さらに、公道での実証事業のデータをもとに2021年5月に議連で報告・追加提言を発表、2021年の成長戦略に「検討して関連法案を提出すること」とまで踏み込んだ表現で明記させることができました。そこで2022年4月に通常国会で道路交通法の改正が可決され、2023年7月に法施行を迎えることができた、という経緯でです。

こうした電動キックボードの事例で積み重ねてきたひとつひとつの成果を、先ほど紹介した「実現目標候補/打ち手集」でみてみましょう。

まず、「業界団体を設立」し、「政府の会議(経済産業省の推進会議)で説明」しました。「サンドボックス制度」を用いて実証実験を行いながら、「議員連盟の組成して提言」を出す。

結果、「成長戦略という政策文書で言及」され、「新事業特例制度」で公道での実証事業を実現。それを踏まえて、「議連で追加提言」を出し、翌年の「成長戦略で言及」され、最終的に「法律改正」につながりました。

色々なアクションと成果を徐々に積み上げた結果、敢えて「わずか」といいます、わずか3年で法律改正まで漕ぎ着けることができました。このように、法律改正を要するような大きな目標を実現するためには、まず、実現可能な目標を設定して打ち手を重ね、ひとつ実現したら次の目標を設定して進める、という漸進的なアプローチが大切となります。

 

事例④自治体や官庁との連携で社会の好感・支持獲得を狙う

最後に、レピュテーションマネジメントとして、「攻め」の活動で、良好な関係とレピュテーションづくりを目指す事例です。

Niantic社はポケモンGOなどのゲームを展開しています。ただ、単にゲームで稼ごう、を目指している会社ではありません。AR(拡張現実)技術を使って、ミッション「Adventure on foot with others(ともに歩いて冒険に出よう)」を実現したい。つまり、人々に街に出て歩き回ってもらい、いろんなものを発見して交流してほしい、という願いのために、ゲームという手段を提供している会社なのです。

一方で、ポケモンGOをはじめとしたAR技術を使ったゲームは、ある意味、現実の街を勝手にゲームの舞台に使ってします。もし、「うちの店の看板を勝手にゲームに使うな」と文句を言われたらサービス展開に支障が出てしまいます。このため、当初から社会の各層と良好な関係を築いておくことを重要視している会社でした。

こうした関係構築のため、ミッションに沿った社会貢献活動を幅広くやっています。たとえば、国土交通省の、歴史的な文化資産をプレーアップ「歴まち」事業とのタイアップ。小田原市をはじめとする九つの自治体では、認定された文化資産近くでは「歴まち」ロゴが出てくるようになっています。私たちがNianticと小田原市役所・国土交通省を仲立ちして実現し、地域社会から認められる活動を展開しています。

また、被災地支援の文脈で、宮城県の石巻市でレアポケモンが出現する試みを実施し、十万人が訪れたそうです。こうした取り組み、地元と事前の調整なしに実施したらただの迷惑になりかねません。市役所や商工会に事前に相談し、この企画をぜひ活かしてもらうように調整しました。

このような、社会の様々なプレーヤーと良好な関係を構築していく活動、結果、地域社会や政府から好感を持たれ、支持される環境を整えることも重要な非市場戦略・PAといえます。

 

FITを見極めた実現目標設定

4つの事例についてお話ししてきましたが、PAの活動=非市場戦略の構想と実行にあたっては、Why・目的を意識しながら、そのどきどきの局面に応じて、最適な「実現目標」を設定したうえで実現に向けて働きかけを行い、実現したら、さらに「Why・目的」に適う次の目標を設定して実現を目指すアプローチが重要です。

さきほどお話しした電動キックボードの場合、初期は、「議連の設立」で議論の場を作るところから始めました。最初から法律改正という難度の高い目標を立てても実現には向かいません。Feasibility、政策決定プロセスの観点で、現局面ではどのあたりならば実現可能なのかを見極め、着地点を見定めることが重要となります。

そのためには、政治家の考えや配慮ポイント、与党内・与野党間の政治バランスなどを考慮することも重要ですし、所轄官庁の政策の方向性との相性や、所轄官庁のそのときの多忙さ、なども把握・考慮することも必要になってくるでしょう。

一方で、「できること」だけを追い求めていても世の中は前に進みません。「Impact」の観点で、これが実現できた場合に企業の戦略的な目的に資するのか、社会に有意義な影響をもたらすのか、という、経営者や経営戦略コンサルタントの観点、社会活動家の観点からも見極めることが重要です。

中期的な利益成長につながるのか?、社会に有意義な変化をもたらすのに役立つのか?こうした問いに答えられない目標を実現しても、意味はありません。また、同じく、中長期的な世界のTrendに逆行していないか?という点検もしておくことも大切です。

Feasible、実現可能な範囲内で、それでもなお、Impactの観点で野心的で、かつTrendの観点で世界の中期的な流れに沿った目標を設定し、徐々に最終目的に適う環境を整えていくこと、こうした「着地点、落し処」の設定と実現を適切に繰り返すことができるか、これが、非市場戦略とPAの成否を分けるのではないかと思います。

#4/全4回に続く)

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