スタートアップの新・必須科目!非市場戦略とパブリックアフェアーズ(講演録 第1回/全4回)

イベント

2023年8月16日(水)、つくばスタートアップパーク主催のSTAPA STARTUP TALKにて、「スタートアップの新・必須科目!非市場戦略とパブリックアフェアーズ」と題して、マカイラ株式会社代表取締役COOの高橋朗が講演しました。当日の講演内容の一部をご紹介いたします。【全4回のうちの第1回 /#2 #3 #4に続く】

主催:つくばスタートアップパーク
モデレーター:堀下 恭平(株式会社しびっくぱわー 代表取締役社長)

講師:高橋朗
日本銀行でエコノミストとして景気予測や広範な産業の構造分析を経験したのち、中小工具メーカーに転じて企業再生を主導。その後、楽天でグループ経営企画やネットメディア系の事業再建・新事業開発などを経て、医療×ITのスタートアップ企業 Welbyに参画。製薬企業等とのアライアンス事業、医療機関向け事業の担当役員としてがん・糖尿病・希少疾患などの患者さん向けサービスを立ち上げるなど同社のIPOに貢献。
この間、プロボノとしてNPO向けの寄付プラットフォーム「i-kifu」を立ち上げるなど非営利領域でも活動。また、グロービス・マネジメント・スクールにてパートナー・ファカルティとして論理思考系講座の教壇に立つ。
マカイラでは、幅広い業界・領域に関する知見を活かして、市場戦略・非市場戦略双方の観点からのコンサルティングを提供するとともに、創業者の藤井宏一郎と共同の代表取締役COOに就任。
早稲田大学商学部卒、パデュー大学クラナート経営大学院卒(MBA)。
2007年よりつくば市在住。つくば市スタートアップ戦略策定懇話会委員。

 

今日は、「スタートアップの新・必須科目!非市場戦略とパブリックアフェアーズ」と題しまして、こんな四部構成でお話しいたします。

 

とある新サービス開発現場の悩み

まずイントロダクションとして、こんな場面を想像してみてください。

とあるスタートアップ企業の新サービス開発の現場で、こんなことが起きました。ようやくお客様に満足頂けそうなプロダクトに仕上がってきた段階で、顧問弁護士から「これXX法に抵触しそうだからダメ」と、”待った”がかかってしまいました。
「あとはマーケティング予算をガンガン投入して、競合が出てくる前に一気に顧客を獲得するつもりだったのに…、あきらめるしかないのか…」。こんな悔しい状況に陥るスタートアップもあるかもしれません。

 

市場戦略と非市場戦略

事業戦略を考えるにあたって、一般的な経営学のフレームワークでは、3C(Customer、Competitor、Companyについて考えます。すなわち、顧客・市場や競合という外部環境と、自社の特徴を分析したうえで、自社がとるべき打ち手について、「自社のバリューチェーンをどう最適化するか?」「どんなマーケティングミックスで訴えていくのか?」「どんな経営資源を獲得して投入するのか?」などを考える。これが「市場戦略」の世界です。

一方、さらに思考のスコープを広げて、「〇〇法はそもそも誰のため?何のための法律?」「法律を変えてうちのサービスを利用可能にした方が社会のためになりそうではないか?」と考える、つまり、より外延にある政治や法制度、社会の人々の認識や理解といった外部環境を変える、あるいは整えることを考えるのが「非市場戦略」です。

つまり、外部環境=PEST(Politics、Economy、Society、Technology)を所与のものせずに、自分たちの戦略的な目標実現のために「望ましい環境に外部環境を変える、もしくは整える」「何もなかったら作り出す」を考えることが、非市場戦略なのです。

 

パブリックアフェアーズとは非市場戦略の構想と実行

私たちマカイラが専門とするPublic Affairs(PA)とは、「どのような環境を整えたら事業目的に適うのか」と非市場戦略を構想し、「そうした環境を整えるには何を、どうやって実現したらいいか」を考えて、実現に向けて、支持者・仲間を増やしていくことでもあります(非市場戦略の実行)。

このとき、実現したいこと=「自分だけの利益」を声高に主張しても、事は進みません。実現したいことを、「〇〇が実現すれば、相手や社会にとって、こんなベネフィットをもたらすことができる」という「社会的な主張」にブラッシュアップ、昇華させて、この社会的主張を理解し、賛同し、できれば支援してくれる仲間を増やしていくことが、法制度や社会の認識・理解を変えていくために重要なのです。

なお、教科書的には、パブリックアフェアーズ(PA)は、「企業、団体などが事業目的の達成のために行う公共非営利分野や社会への戦略的関与活動」と定義されます。いわゆる「Public Relations(PR)=世の中のありとあらゆる相手と関係を結ぶこと」と、「Government Relations(GR)=特定の政治家や政府機関と関係を構築すること」の中間に位置し、単に政治家や行政に話をするだけではなく、社会性や公共性の要素が強いテーマ・課題に関して政府、自治体、協力してくれそうなNGO・NPO、業界団体や地域社会、マスメディアや市民団体と適切にコミュニケーションをとって、働きかける活動のことを指します。

 

パブリックアフェアーズの重要性は増している

こうしたPAの重要性は、近年、増していると我々は考えています。新たな技術、商品やサービス、考え方が登場すると、新しいルール(政府は法律、自治体は条例)が必要となります。しかし、意思決定者である政治家や官僚が、最新の情報を十分に持っているわけではありません。かつての高度成長時代、多くの情報が霞が関の官僚に集まっていた時代は、官僚に様々な情報が集まってきて、「世の中がこう変わっていくのか」「ではこんなルールを作らないといけない」と対応できていたのかもしれません。

しかし、現在は、あまりに変化が大きく、広くなりすぎていて、政治家や官僚も、現場でどんな問題が起きているのかフォローするのは困難で、彼らも現場の最新情報を必要としています。仮に現場で問題が起きていても、永田町・霞ヶ関の政治家や官僚に認識されなかったら、その問題は存在してないも同然です。だから、「こんな現場で、こんなことが問題になっている」「こんな事情に配慮した、こんなルールが必要だ」ということを適切に伝える必要があります。

一方で、特定の企業・業界団体・市民団体だけが伝えた情報を元に、話が進むわけではありません。どんな物事にも、得をする人もいれば、損をする人も出るのが世の常。必ず、影響を被る人同士の対話の場を適切に設定し、またトライアル実証する上で合意形成をし、ルールを作ることが必要となります。これだけ変化が激しく、新しい技術とトレンドが生まれる中では、PAという考え方・手法で、多様な情報を適切に伝えて対話・議論の場を作り、その上でルールを作ることがますます重要になっていると思います。

ご参考までに、「陳情」という言葉を聞いたことがある方もいるかもしれません。特に、予算要求が始まる秋になると、様々な業界団体が、永田町の議員会館の国会議員や、業界の担当官庁に「何とかお願いします」と文書を届けに行く後掲がみられます。こうした、あくまで一対一の関係で行政や政治家と関係を構築し、自分たちの利益になるような便宜を図ることを求めることが「陳情」です。

一方、PAは、公平性、透明性、公益性を踏まえて適切に主張し、幅広いステークホルダーに働きかけるコミュニケーション活動を指しますので、こういった陳情とイコールとなるような旧来のロビイングとは一線を画するものです。我々は旧来型のロビイング陳情を「ロビイング1.0」と位置付けているのに対し、PAを「ロビイング2.0」と呼んでいます。

#2/全4回に続く)

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