メルカリの政策企画チームは、社会課題の解決のためには公民連携が重要であるとして、企業サイドからのPAにおいて、強いリーダーシップを発揮しています。
昨年2018年8月には、同社の政策企画分野の情報発信媒体「merpoli」も開設しました。企業として政策形成に関わる意義、またPAという仕事とこの分野の今後の展望について、社長室政策企画マネージャーの吉川徳明さんに、お話をうかがいました。
吉川徳明さんプロフィール
2006年、経済産業省入省。2008年、日本銀行金融市場局出向したのち、2010年、経産省に戻り、情報経済課でIT政策全般、震災対応を経験する。2012年、内閣官房へ。その後は民間に転じ、2014年、Yahoo! JAPANを経て、2018年、メルカリに入社。現在、政策企画チームの立ち上げ、フィンテックやEC分野でパブリックアフェアーズ(PA)業務を担当する。
官から民へ、転職を決めた理由
ーー吉川さんのキャリアについて教えてください。
2006年に、経済産業省に入省しました。まず、通商政策局通商機構部に配属され、WTO交渉を担当、いわゆる通商畑からスタートしました。2008年から、日本銀行金融市場局に出向し、リーマンショック期の日銀オペの対応を、2010年に経産省に戻ってからは、情報経済課でIT政策全般、震災対応を経験しました。2012年に、内閣官房で夏冬の電力需給対策やTPP交渉を担当しました。
その後は民間です。2014年にYahoo! JAPANに入社、政策企画本部で、いわゆる「忘れられる権利」に関する自主基準の作成・公表、「児童ポルノ」「リベンジポルノ」被害者の救済に向けた業界横断の自主取り組み、「座間事件」を受けた業界自主対応のとりまとめなどに携わりました。
そして昨年2018年にメルカリに入社、政策企画チームの立ち上げ、採用を進めつつ、フィンテックやEC分野でPA業務を行っています。
ーー官から民へ、転職を決めた理由は?
3つあります。まずは、仕事とプライベートのバランスです。妻のキャリアと育児を考えると、毎日深夜2時3時に帰る生活をこのまま続けるの持続可能ではないと思いました。
次に、情報経済課での経験で、ITという分野に面白さを感じ、またインターネット分野のルールメイキングでは、法律等による公的規制以上に、民間の自主規制・自主ルールが実効的なルールとして機能していると感じたこと。
最後は、もともと政策立案という大きな仕事がしたいと官僚になりましたが、当然政府の仕事はスケールは大きいものの自分自身の関与や貢献は限られますよね。長い自分のキャリアの中では、たとえスケールは小さくとも、より自分に裁量があり、貢献がより大きく実感できる仕事もしてみたいという気持ちが強くなり、転職を決めました。
ルールメイキングの「攻め」と「守り」
ーー現在のメルカリでの仕事について
まず部署の立ち上げということで、去年は採用とチームビルディングを進めてきましたが、体制も整ったところです。政策企画という部署まで設けて、企業が政策形成、ルールメイキングになぜ関わるのかというと、そこには大きく分けて、「攻め」の理由と「守り」の理由があります。
わかりやすいのは「守り」で、事業の安定成長のため、法的・政治的リスクに対処するため、永田町や霞ヶ関の情報をキャッチして対応します。
しかし、より大事なのは「攻め」です。将来的な政策変更や法改正を織り込んだり、自らルール形成を主導することを前提とスれば、より少ない制約条件のもとで優れた事業戦略をつくることができます。新法制定や法改正の働きかけ、自主規制や共同規制の導入を通じて、そうした企業の成長の根幹に貢献していくのが目指すべき役割です。
会社のなかで社外のステークホルダーと接点を持っている部署というのは意外と少ないんです。外で得てきた情報を社内にフィードバックすることも私たちの仕事で、社内勉強会も始めました。
サービス設計者や経営陣が、社外の声を把握しつつ、サービス、プロダクト、ビジネスをつくっていくことは、設計後やリリースの段階で、私たちがリスクを指摘するよりもよほど効率的ですよね。メルカリ・メルペイは、経営陣がそのあたりをよく理解してくれていて、政策企画チームを上手く使ってくれているので働きやすいです。
金融庁、経産省等の関係省庁はもとより、議員の方々、消費者団体、弁護士、アカデミズムなどのステークホルダーの皆さんが、私たちのサービスになにを期待し、どういう水準を求めているのか。自分たちのサービスが広がればよいということだけではなく、どう私たちの会社が社会に信頼される存在となり、長期的に成長していく基盤を築くかが、大事です。
パブリックアフェアーズ人材に求められるスキル
ーーPA人材に求められるスキルは?
私たちのチームには、元官僚、元県議・市議・議員秘書、弁護士など、永田町と霞ヶ関の人脈やカレンダーが頭に入っているメンバー、法律の知識を持っているメンバーがいます。また、政策の議論も国際動向を把握だけでなく、国際的な議論の場で積極的に意見を発信し、利害を反映していく国際渉外までフィールドが広がっています。
そうしたフィールドで活躍できるのはIT分野の法律と政策に関する知識と英語・異文化コミュニケーション力の両方を持っている人材ですね。どちらも兼ね備えている人はなかなかいないので、チームとしてそれを実現いていくのがよいと思っています。
この仕事の面白さということでいうと、いろいろなステークホルダーがいるので、普段、接点のない人、世界に出会えることでしょうか。
私も、永田町や霞ヶ関だけでなく、消費者団体、NPO、NGOなど、いろいろなところを訪問し、互いの意見を交わしてきました。相手の方もIT業界からいったいどんなやつが会いに来るんだと訝しがっていることもあります、普段なじみのないタイプの人間ですから。。ただ、実際に会って、話してみると、意見は異なったとしても信頼関係が生まれてきます。
以前、象牙の印鑑のオンライン販売に関して、象牙の業界団体の代表の方に会いに浅草の事務所を訪問したことがありました。最初はまさにお互い異文化との接触でしたが(笑)、互いに信頼関係が生まれてからは毎年護国寺で開催される象供養に呼んでいただけるようになったりしました。
ーー今後、PAというフィールドの重要性は高まっていくと思いますか?
これまで日本で公共分野を担ってきた霞ヶ関は、増加かつ複雑化する政策課題に取り組もうにもリソースに限りがあり、疲弊しています。
もちろん、政策の担い手として再度霞ヶ関に優秀な人材が集まるよう、潤沢な予算を投じるという道もあるとは思いますが、財政の状況も踏まえると、政治や国民から広く支持を得られる道ではないと思います。
では、これまで霞ヶ関が果たしていた役割を誰が果たしていくのか?その一部は、企業側で担われていくのだと思います。ただ、引き続き、霞ヶ関が中心的な役割を果たす状況はしばらく続くはずです。より問うべきは、政府外で公共政策課題の解決に取り組むプレーヤーが企業だけというのが良いのか、ということです。
大きな社会的なインパクトを与えるには組織が必要です。一方で、日本は市民社会側で社会課題の解決に取り組む動きは活発であるものの、安定的な組織基盤のもとで活動できているところは、残念ながら少ないです。
NPOやNGOの方と一緒に仕事をさせていただくことも多いですが、みなさんそれぞれに強い思いをもって活動されていますが、経済基盤が弱く、組織化が十分に進んでいる団体は稀です。また市民社会側のニーズも時代に応じて変化していきます。伝統的な団体が、本当に新たな市民の声を広く汲み取れているかという課題もあるかもしれません。
公務員として通商交渉に携わっていた際、欧米のNGOの資金力の豊富さ政治力の強さはすさまじかったと印象に残っています。もちろん良し悪しもありますし、文化的社会的背景が違うので、日本と一概に比較はできませんが、日本とかなり状況は異なります。
PA人材という意味では、IT業界やフィンテック業界ではニーズが非常に強いといえます。どんどん優秀な人材に参入してきてほしいですが、一方で、社会としてどうバランスが取れた政策やルールを実現していくのか、市民と企業双方の利害をどう調和させていくのか、そのために市民側の声をどのように組織化し反映していくのか、探っていく必要はあると思います。
制作:PublicAffairsJP編集部