“実証の聖地”福島発「現場が加速させるルールメイキング」【福島スペースカンファレンス2025レポート】

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2025年8月8日、福島県南相馬市で東北最大級の宇宙ビジネスカンファレンス「福島スペースカンファレンス2025」が開催されました。3回目の開催となる今年は、福島県内外から約300名が参加しました。本稿では、福島スペースカンファレンス2025 セッション1-3「宇宙に関するルールづくり 実証から制度、社会の前進へ」の模様をレポートします。

ともすれば小難しいイメージのある「ルールづくり」ですが、今、多くの宇宙関連企業が集い「実証の聖地」となりつつある福島を舞台に語られることで、その様相は大きく変わります。具体的な実証がいかにして新たなルール形成へと繋がり、社会を前進させるのか。各分野の第一人者たちが、福島の可能性と未来への展望を熱く語り合いました。

【モデレーター】

  • 佐藤 将史 :一般社団法人SPACETIDE 共同創業者 理事 CSO

【スピーカー】

  • 遠藤 嵩大 :LAND INSIGHT株式会社 取締役
  • 小田 翔武 :AstroX株式会社 代表取締役CEO
  • 眞鍋 顕秀 :株式会社SPACE WALKER Co-Founder
  • 中村 勇太 :マカイラ株式会社 シニアコンサルタント

なぜ今、福島が「実証の場」として選ばれるのか

セッションは、各登壇者の自己紹介から始まりました。衛星データを活用し行政のDXを推進するLAND INSIGHTの遠藤氏、バルーンとロケットを組み合わせた独自の方式で宇宙開発に挑むAstroXの小田氏、有人宇宙輸送機の開発に携わってきた眞鍋氏、そして政策提言のプロフェッショナルであるマカイラの中村氏。多彩な顔ぶれが揃う中、モデレーターの佐藤氏が最初の問いを投げかけました。「なぜ皆さんは、福島で事業を、実証を行うのでしょうか?」

佐藤:まずAstroXの小田さんにお伺いします。福島を選んだ理由、そして「実証」はどのように関わっていたのでしょうか?

小田:福島・南相馬を創業の地に選んだ理由はいくつかありますが、本州の海沿いで、開けた土地があること、そして補助金などの支援が手厚いこと。しかし、最終的な決め手は行政の意思決定のスピードと実行力でした。

昨年を振り返っても、市役所に宇宙室が4月にできて、8月には小型ロケット、11月にはさらに大きなロケットの打ち上げ実証を行いました。このスピード感は、他の地域では考えられません。おそらく、まるっと1年から2年は事業が遅れていたでしょう。

佐藤:通常、打ち上げ実証には場所の選定から始まり、地元の理解、各省庁との調整など、数ヶ月では到底終わりませんよね。南相馬では、市の方々が住民説明会に同行してくれたり、早朝の打ち上げ準備を手伝ってくれたりしたと聞きました。

小田:はい、まさに「二人三脚」でやっています。市の方々が地域を熟知しているからこそ、スムーズに進められる。スタートアップにとって、この協力体制は本当にありがたいです。

AstroX株式会社 代表取締役CEO 小田 翔武 氏

佐藤:SPACE WALKERの眞鍋さんはいかがでしょう。福島への進出にはどのような経緯があったのでしょうか。

眞鍋:実は福島への進出は2回タイミングがありました。1回目は創業直後。私はもともと福島の復興支援に長く関わっており、「宇宙をここに持ち込めば復興が加速するのでは」という直感があったんです。しかし当時はまだ地域に宇宙産業を受け入れる雰囲気がなく、一度は断念しました。

ですが、この3年間で状況は劇的に変わりました。今や地域全体に「宇宙でいくんだ」という熱気がある。そして何より、物づくりのサプライヤーさんたちがすでに沢山いらっしゃる。エンジンの燃焼試験のような場所の確保が難しい実証も、市の方々が二人三脚で場所を探してくれた。これほどの支援があるなら、と今年、本社ごと移転することを決めたんです。

株式会社SPACE WALKER Co-Founder 眞鍋 顕秀 氏

佐藤:なるほど。LAND INSIGHTの遠藤さんは、また違う文脈で福島と関わっておられますね。

遠藤:私たちは衛星データを活用した事業の種を探していました。南相馬市役所の方々が、半日かけて各部署の課題を洗い出し、「これに衛星は使えないか」とアイデアを出してくれたんです。その一つが、農家への補助金を支払うための現地調査でした。

真夏の炎天下、職員が高齢化する中で広大な農地を見て回るのは大変な負担です。この課題に対し、我々の技術で解決できるかもしれないと実証を提案し、翌年には予算がついて実装に至りました。この課題起点の提案から実装までのスピード感が、我々にとっても大きな決め手でしたね。

LAND INSIGHT株式会社 取締役 遠藤 嵩大 氏

「物がある」ことの強み。実証がルールメイキングを加速させる

福島での活発な実証は、単に一企業の事業を前進させるだけではありません。それは、国全体のルール、すなわち法律や制度を変える大きな力を持ちます。セッションの議論は、「実証」といかにして「ルールメイキング」が繋がるのか、その核心に迫っていきました。

佐藤:小田さん、福島での打ち上げ実証ができたことで、事業にどのような波及効果がありましたか?特にルールづくりの観点からお聞かせください。

小田:我々が開発する「ロックーン」は新しい方式のため、既存の宇宙活動法では明確に規定されていませんでした。ちょうど法の改正が議論されているタイミングでしたが、もし我々が夢物語を語るだけで、具体的な「物」、つまりロケットを作って打ち上げるという実証ができていなければ、議論はこれほどスムーズに進まなかったと思います。

実証によって、「本気で事業化しようとしている企業がいる」という事実を示すことができた。それが国にも良い意味での危機感を与え、法改正の議論を加速させる一因になったと感じています。

佐藤:眞鍋さんは、以前から有人宇宙輸送の法整備に取り組んでこられました。やはり「物」があることの重要性は大きいのでしょうか。

眞鍋:もちろんです。法律だけが先行することはありえません。民間が「どういう物を作り、どういう事業をやろうとしているのか」が具体的に見えなければ、それに必要な法律は作れない。物づくりと法整備は両輪なんです。

設立当初、日本では「有人宇宙」という言葉を使うことすら憚られる雰囲気でした。しかし、地道に勉強会を重ね、物づくりの実証を進めることで、少しずつ議論の土台ができてきた。物がなければ、法律も動かない。これは設立当初から痛感していた切実な問題です。

佐藤:政策コンサルの立場から見て、中村さんはいかがですか。

中村:お二人がおっしゃる通り、特に宇宙やAIのような新しい領域では、政府だけでルールを作ることは不可能です。事業者が実証を通じて「安全である」というファクト(事実)をデータで示し、それに基づいて「この形ならリスクは許容できる」と官民が一緒にルールを作っていく。このプロセスが不可欠です。

電動キックボードが良い例です。実証実験で安全な速度域などのデータを収集し、警察庁や国交省と共にルールを作り上げた結果、今の社会実装に繋がっています。

マカイラ株式会社 シニアコンサルタント 中村 勇太 氏

佐藤:つまり、事業者が技術力で安全性を担保することを証明し、「守るべき一線は守るので、新しいやり方を認めてほしい」という社会との「契り」を交わす。そのためのプロセスが実証であり、福島はその最前線になっている、ということですね。

次のフロンティアへ。国家戦略特区・福島の可能性

福島は、航空宇宙産業を柱の一つとする「国家戦略特区」に指定されています。この制度をどう活用し、さらなる飛躍に繋げるのでしょうか。登壇者からは、未来に向けた具体的な期待が語られました。

佐藤:この地域にこれから期待したいこと、国家戦略特区として挑戦してほしいことは何でしょうか。遠藤さん、いかがですか。

遠藤:我々の「圃場DX」は、デジタル庁のアナログ規制改革の動きとも連携し、国の通知が変わったことで全国に導入が広がりました。今は「衛星データを使っても良い」という段階ですが、いずれ「衛星で確認することを標準とする」というフェーズが来るはずです。

国全体で一気に変えるのは難しいかもしれませんが、福島県が国家戦略特区として「衛星確認を前提とした行政の仕組み」をいち早く構築する。そんな社会インフラ改革の先行モデルになれたら、我々としても非常に嬉しいですね。福島で生まれたスタンダードが、全国に広がっていく。そんな未来を描いています。

小田:ロケット事業者としては、打ち上げに関わる行政手続きの一本化を期待したいです。現状、打ち上げには各省庁への膨大な申請が必要で、事業者は個別に対応しなければなりません。もし特区内で、その窓口を一本化できる仕組みができれば、実証のスピードは格段に上がり、さらに多くの企業がこの地に集まってくるはずです。

眞鍋:お二人の意見に尽きますが、やはり「スピード」ですね。スタートアップにとって実績がないのは当たり前ですが、社会は実績を求めます。この矛盾を解決するのが実証です。特区の仕組みを使って、例えば我々のように高圧ガスタンクも開発していると、高圧ガス保安法のような規制が絡んできます。そういった領域でも、実績作りのための実証を迅速に進められるようになれば、日本の宇宙産業の競争力は格段に向上すると思います。

一般社団法人SPACETIDE 共同創業者 理事 CSO 佐藤 将史 氏

結論:福島から、日本の宇宙産業の未来を創る

セッションを通じて見えてきたのは、震災からの復興という強い意志を背景に、行政、地域、そして事業者が一体となって未来を切り拓こうとする福島の姿でした。

佐藤:皆さんの話を伺い、改めてこの地域が持つ熱量の高さを感じました。福島での実証は、単に地域の産業振興に留まらず、日本の、ひいては世界の宇宙産業を前進させる大きなポテンシャルを秘めています。

福島で生まれたイノベーションの種が、全国へ、世界へと広がっていく。そのために、スタートアップにとって何より重要な「スピード」を、地域全体で支え続けることができるのでしょうか。ハードウェア開発の実証だけでなく、打ち上げ手続きの一本化のようなソフト面の支援も含めた、新たな挑戦が始まろうとしています。

この地で生まれる小さな、しかし確かな一歩が、日本の宇宙産業の新たなルールとなり、社会を大きく前進させる。そんな確信を抱かせる、熱気に満ちたセッションでした。

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