第208回通常国会の「目の付け所」 -「安全運転国会」の折り返し地点 –

事例

前回の記事『「選挙」をパブリックアフェアーズの観点から総括する – 「目の付け所」と「やるべきこと」』では、総選挙後の岸田政権の成立の中で、総選挙の前後にスタートアップのパブリックアフェアーズがどのようなことに配慮すべきか、「目の付け所」について解説しました。今回は、予算も3月22日に参議院を通過して成立し、6月までの第208回通常国会の折り返し地点ということで、スタートアップ業界のパブリックアフェアーズ観点から、前半を振り返り、広範の展望、目のつけどころを書いてみたいと思います。

前半の振り返り:「安全運転国会」の評価

今国会は開会早々、「安全運転国会」と呼ばれました。岸田政権の焦点は夏の参議院選。ここで勝てば、長期政権が視野に入ります。逆にここで勝てないと、短期に終わります。そのために、今国会では、議論を巻き起こすようなチャレンジ法案は避け、基本的に「無難に行くこと」に注力するという戦略のようでした。

そのため、通常は90-100本出す内閣提出法案の数も、ほぼ半分に。与野党攻防の一番大きなテーマはコロナの対策と救済策。基本的には、法案で見ていくと、規制改革などを主に期待するスタートアップやテクノロジー業界にとっては、あまり大きなタマがない国会と考えられていました。

ただそんな中でも、テクノロジー系企業界隈で注目を浴びたのが「電気通信事業法改正」と「経済安全保障推進法」。電動キックボードに関する道路交通法改正も、スタートアップ業界が警察という難しい組織が関係する領域で、組織的なロビイングを繰り広げた成果として話題になりました。また、ソーシャルビジネス系では、「こども家庭庁設置法」が注目を集めていました。予算の方では、「デジタル田園都市国家構想」を含む「新しい資本主義」や「スタートアップ5ヵ年計画」が、いったいどのようなタマに仕上がっていくのかを、半ば期待しながら、半ば首をひねりながら見ていたスタートアップやソーシャルビジネス関係者が多かったのではないでしょうか。このあたりは今後も要注目です。

「電気通信事業法改正」:法案の大勢は国会提出以前に決まる。

なかでも「電気通信事業法改正」は、IT企業に対する規制を強め、インターネットの利用者保護を図る目的でした。しかし法案を検討していた総務省の「電気通信事業ガバナンス検討会」の運営の不透明さに新経済連盟などIT業界が反発して、年末から年明けにかけて検討会が混乱。規制内容は大幅交代を余儀なくされたまま、3月になって法案として国会に提出され、審議待ちです。とりあえずは規制強化を避けたかったIT業界の声がまさったと言ってよいでしょう。

これは国会というより、直接は行政を土俵としたバトルでした。消費者保護が後退したその結果の是非についてはここでは論じませんが、パブリックアフェアーズ担当者としての定番の戒めの一つ、「法案内容のほとんどは、国会に提出される前に交渉を終えている」ということを改めて思わせる経緯でした。

ちなみに、子ども家庭庁設置法案の目玉だった第三者機関「子どもコミッショナー」の設置が見送られたのも、国会への法案提出前の自民党の『こども・若者』輝く未来実現会議などを舞台としました。ただし、これに対しては、立憲民主党が対案「子ども総合基本法案」を議員立法で出しているので、国会そのものでの今後の扱いも注目されます。

政策ウォッチャーは、国会議事堂でのやり取りよりも、行政と与党、議連と圧力団体の動きを見よ。

政治や選挙好きな政局ウォッチャーにとっては、国会が始まると与野党の攻防や有力政治家の動向などに注目が行きがちです。しかし、プロの「政策」ウォッチャーとしては、国会と平行して行われている、このような省庁内、与党内での審議や業界団体・NPO/NGOといった利益団体(「利益団体」や「圧力団体」という言葉が好きではないですが、一般的に通用している言葉なので、とりあえずこう呼びます)などの攻防に、最も高いアンテナを張っておくことが重要です。

これは、法案だけでなくて予算審議についても同様です。後述する「デジタル田園都市国家構想」も「国会議事堂(本会議や委員会)での与野党の審議だけを見ていても、先行きが良く分からない」ものの代表かもしれません。

「経済安全保障推進法」の場合:国会開催の半年前から急ピッチで法案準備

「経済安全保障推進法」については、昨年2021年9月に岸田政権が成立してから、2022年1月スタートの国会での法案提出に向けた作業が急ピッチで進められました。まずは、組閣で総理の開成高校の後輩である小林鷹之議員を経済安全保障担当大臣に据え(話がずれますが、岸田政権は「開成高校人脈」とも言われます。このような人間関係の背景をウォッチしていくことも、「キーマン予測をすることが仕事」のロビイストには重要です)、11月には大臣級の「経済安全保障推進会議」を開催、さらに外部有識者からなる「経済安全保障法制に関する有識者会議」(この手の有識者メンバーの名簿は必ずチェックしましょう)と法案作成を行う「経済安全保障法制準備室」を内閣官房に設置しました。

有識者会議は「経済安全保障法制に関する提言」を2月1日に提出、これを受けた2月4日の「推進会議」の場で総理は、法案の早急取りまとめ、与党との調整、今通常国会への提出にの準備加速の支持を出します(ただし、この受け入れられていないものも多く、有識者会議自体アリバイ作りで、法案の内容は昨秋に決まっていたとも言われています。パブリックアフェアーズの情報収集では、報道を鵜呑みにするのではなくて、常に「原典にあたる」ことと「周辺関係者への聞き込みを行うこと」が重要です。それでも何が本当の政府の意図だったのか、最終的な裏の真相にたどり着けるとは限りません。政治記者の仕事と似ていますね)。

法案の国会提出は2月24日、3/17衆議院本会議で審議入り。この間に、2月頭に事務方の要となる経済安全保障法制準備室長の個人的なスキャンダルが発覚し、法案の行方が懸念されましたが、岸田政権は1か月で調査を終えて3月頭には厳格処分。野党からの争点化の芽を摘みました。さらに2月末には、ロシアのウクライナ侵攻により、安全保障全般が俄然注目を集めることになります。これに対して政府は、3月18日に関係省庁の局長級幹部による「経済安保重点課題検討会議」の設置を発表(第1回開催は3月11日)。

早期成立を目指して調整とトラブルシューティングが続く:国会の「中と外」「過去と未来」に考えをはせること。

このように、政府がこの法案に並々ならぬ注力を払い、トラブルの芽に対して先手先手を打ちながら対処している姿が浮かびます。中身についても、早期成立が優先されています。まずは人権侵害につながるとの批判を避けて「セキュリティクリアランス」制度を削除。ただし、これは経団連も経済同友会も導入を求めているので、まずは本法成立を優先、セキュリティクリアランスは秋の国会での法制化を目指しています。

これだけ気を使っている法案ではありますが、中身が安全保障であるだけに、国会ではこれからも与野党論戦の一つのテーマにはなると思われます。共産・立憲民主が批判的トーンである一方、維新と国民民主はむしろ自民党より強めの対案を提出するなど、野党間の立場の違いや、つばぜり合いも、参院選に向けて興味深いところです。

なお、経済安全保障は、岸田政権が2021年9月の成立後ににわかに注目した政策ではありません。近年の米中対立など安全保障環境の悪化を踏まえ、菅政権時代の2020年4月に国家安全保障室に経済班が設置されましたし、2021年5月には、ルール形成戦略議連が「経済安全保障戦略課題を対話する官民協議会」の創設を求める提言を出したりしていました。

このように、目の前の国会での攻防だけでなくて、その背後にある経緯や、国会の「外」のステークホルダーとのやり取りを過去に向けてさかのぼって見ていくこと、また未来に向けて予想していくこと、こそがパブリックアフェアーズ担当者が物事を見ていく際に重要な視点です。

「神は細部に宿る」:主戦場は国会なのか、その先の政省令なのか

経済安全保障推進法案は、政策形成における「主戦場」はどこになるのか、を考えるよい教材でもあります。実際に法案を実際に読むと、「政令で定めるものとする」「主務省令で定めるものとする」「方針を定めなければならない」「指針をさだめなければならない」などの表現がかなり多いことに気づきます。

つまり、具体的な運用の仕方や指定対象は、この法案の中で国会が決めるのではなくて、法律が成立した後に、省庁や内閣が決める建付けになっているのです。まさに「神は細部に宿る」とのことわざどおり。もちろん、経済安全保障推進法案のような大きな法案は、そもそもそのようなものを日本に導入するのか否か自体を議論するという意味で、国会も主戦場です。ただし、その適用を受ける個別企業にとっては、自分が「指定対象」になるのかどうかこそが、運命の分かれ目です。

これは一般的に言えることですが、法案の成立自体は、避けられない大きな政治の流れの場合、ロビイストとしては、その先の方針・計画や政省令での省庁との攻防に注力する、という判断もありえます。法案を作成する官僚の方も、「この部分の具体論を国会でまともに議論したら、モメるな」という時は、「省令で定めるものとする」などとして、論点を国会という公開の戦場から外してしまうことがあります。これを一般的に「下位法令に落とす」などという言い方をします。「ルールの形成と執行に柔軟性と具体的妥当性を持たせる」という意味では重要なテクニックですが、時に争点隠しに使われてしまうこともあります。ロビイストは常に、「細部は神に宿る」という諺を胸に、「主戦場はどこだ?」ということを考え続けるようにしましょう。

予算と重点政策:「デジタル田園都市国家構想」「スタートアップ5ヵ年計画」を含む「新しい資本主義」

ところで、ここまでは「法案」を中心に国会の前半をレビューしてきましたが、一方で重要なのは、「予算」です。今年の国会の国家予算は、なんと「戦後4番目のスピード成立」とのこと。野党の足並みの乱れ・過去政権の「桜を見る会」のような大きな攻撃材料の不在・コロナが焦点とされながら2月後半以降はウクライナ情勢に世間の関心が奪われたこと、など要因はいろいろあったと思います。いずれにしても岸田政権の「安全運転」が功を奏した、というところでしょうか。

「新しい資本主義」の経緯

中身について見ると、スタートアップ関係者にとってやはり一番気になるのは、「デジタル田園都市国家構想」と「スタートアップの徹底支援」ではないでしょうか。この2つは、岸田首相が就任直後の昨年10月に政府に立ち上げた「新しい資本主義実現会議」の緊急提言(11月8日)に既に記載されています。また、岸田総理は自民党でも「新しい資本主義実行会議」の立ち上げ初会合を11月に開いてます。この政策の今後を占うために、この政策が「国会会期前」のどこまでさかのぼれるのか、また国会閉会後にどこに行くのかを、分析を想像を駆使して検討してみましょう。

まずそもそも、1月から始まった今国会に提出された予算に「新しい資本主義」がどの程度入っているかというと、その概算要求は昨年7月に始まっており、その時は菅政権だったので、直接は入っていないわけです。この概算要求の根拠になるのは、その前月2021年6月に菅総理下で成立した「経済財政運営と改⾰の基本⽅針2021(いわゆる骨太の方針)」と「成長戦略実行計と画実行計画フォローアップ」(6月 18 日閣議決定)」です。

いっぽう、岸田総理は、党の「新しい資本主義実行会議」で11月末に「来年(すなわち2022年)春を目指してグランドデザインを描いていきたい」と言っています。

つまり、「新しい資本主義」は、現予算の大本となる昨年6月「骨太の方針」「成長戦略実行計画」時点では存在しなかった一方、現在動いている「新しい資本主義実現会議」や「新しい資本主義実行計画」でも、同様に、まだそのグランドデザインや骨格・具体論の結論が出ていない、というあくまで発展途上の議論だということです。

あえて言えば、前述した11月の「緊急提言」が、今回の予算に込める「新しい資本主義」関連の目指すところを示したということでしょうか。しかしその次の月の12月24日に閣議決定された「2022年度予算案」では、結局菅政権時代とあまり変わらない内容の予算がざーっと並んでいます。デジタル化による地方創生に関する予算も多く、これは多くのスタートアップがビジネスチャンスを求めるところだと思います。しかし、これを「デジタル田園都市国家構想」と呼ぶなら、菅政権時代の地方のデジタル化政策と何が違うのか。また地方のデジタル化については、昨年の補正予算でもかなりお金がついていてるわけです。このように、既存の成長戦略予算をまぶしながら、ビッグビジョンが見えてこない予算を「新しい資本主義」と呼ぶところに、野党が批判し、産業界も首をひねる。。。というのが、岸田政権の看板政策である「新しい資本主義(デジタル田園都市国家構想を含む)」の現状だと思います。

さらにここでまた、ウクライナ情勢による原油価格・物価高騰の影響に対する緊急経済対策の話が急浮上してきているので、岸田政権の経済政策・産業政策については、まだまだ紆余曲折があるかもしれません。

今後への期待

いずれにせよ、「新しい資本主義」はグローバルな一つのトレンドです。日本が本当に欧米型の新自由主義の弊害に陥っているのか?など、議論はたくさんあると思いますが、ESG/SDGsは大きな流れです。日本がそれを日本の社会経済環境に合った形で咀嚼して、具体化できることを、春の「ビッグビジョン」と6月の「骨太の方針」「成長戦略」に向けて見まもり、期待したいと思います。なお、同じく「新しい資本主義」の一部である「スタートアップの徹底支援」については、読者の関心が高いと思うので、稿を変えて別の機会に書ければと思います。

執筆:2022年4月1日

 


制作:PublicAffairsJP編集部

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