社会問題がどんどん複雑化している現代社会において、山積する課題解決をしていくにはどんな仕組みや協力体制が必要なのか―。
2020年1月、未来の地域課題を解決する一つの可能性として、「官民連携の推進」を掲げる「一般社団法人日本GR協会」が設立されました。
▼一般社団法人日本GR協会 公式サイト
http://graj.org/
協会の代表である吉田雄人さんは、2003年から横須賀市議会議員として活動。2009年から2期8年間にわたり、横須賀市長を務めました。市長を退任後は、民間企業や団体の活動を支援するかたわら、ご自身でゼミを開講してGR(Government Relations)領域の人材育成などにも力を注いでいらっしゃいます。
今回は吉田さんに、協会設立の背景と課題、今後の取り組みについてうかがいました。
日本GR協会では、本年の設立を記念してKICK OFFセミナーを5月28日にオンラインで開催いたします。特別ゲストとして熊谷俊人千葉市長をお招きして、朝比奈一郎理事(青山社中・代表)がモデレーターとなり、千葉市で進める地域課題解決のための官民連携の事例やコロナ対策の取り組み・想いなどをお話いただきます。
日時:2020年5月28日(木)11:30~13:00
使用ツール:Youtubeによるライブ配信
参加費:無料
お申し込み先:https://grajkickoff.peatix.com/
未知の課題が山積する現代。今こそ行政と民間が手を取り合うべき
──日本GR協会設立、おめでとうございます。改めて、吉田さんがこの協会を立ち上げた背景を教えてください。
吉田雄人さん(以下、吉田):地域を取り巻く課題が、日に日に複雑化していることに危機感を覚えたからです。
この15年ほどの日本を振り返ってみると、私たちが経験したことのない出来事が立て続けに起こりましたよね。少子高齢化に伴う人口の減少、リーマンショックなどの経済危機、東日本大震災や相次ぐ台風といった自然災害——。
これまでに行政が蓄積してきたノウハウや、現状のリソースだけでは解決できない課題が増えているんです。そのため、民間企業の発想を生かすことが欠かせないと感じるようになりました。
行政と民間企業が手を取り合い、課題の解決に向けたオープンイノベーションを起こすことが求められているのです。
──今回の協会設立に至るまでにも、吉田さんはGR領域でさまざまな活動を展開していらっしゃいますよね。官民連携をより強く意識されるようになったのは、いつ頃からですか?
吉田:横須賀市長を退任し、NPOに参画してからでしょうか。私が共同代表を務めている「NPO法人なんとかなる」では、少年院や刑務所、児童養護施設を出た若者に住居や仕事などを提供して、彼らの自立を支援しています。
私が参画した当初、行政との連携がスムーズに進んでいるとはいえない状況だったんです。NPO側のリソースが足りなかったり、活動への理解が得にくかったり……。社会課題の解決に向けて活動をしているのに、なかなか前に進められないもどかしさがありました。
しかし団体と行政との連携を少しずつ強化していくと、支援者が着実に増え、活動の幅も広がっていきました。
──民間の団体が行政の後押しによって信頼を得て、活動がしやすくなるケースを実際に目の当たりにされたんですね。
吉田:そうですね。とはいえ行政と民間企業・団体が連携していくには、さまざまな課題があるんです。
行政側は民間の人たちと協業した経験が少ないために、適切な企業・団体の選定ができなかったり、スムーズに計画を進められなかったりします。公平性の原則に従う必要もあるので、あらゆる制約の中でうまく立ち回らなければいけません。
民間側は、そもそも自分たちのビジネスが、地域の課題解決に貢献できるという可能性に気づいていないケースが多いです。例えその理解があったとしても、「行政と手を組みたいが、アプローチの仕方がわからない」という声が多数を占めてしまう。
スケジュールの感覚や言葉の使い方など、細かいところでお互いの常識にズレがあり、プロジェクトがスムーズに進まない話もよく耳にします。お互いの理解が浅いために、適切な連携が取れていないんです。
その課題を解決するためには、お互いの言語を翻訳するなどして橋渡しをする必要がある。私たちは日本GR協会を通して、その橋渡しに力を入れたいと考えています。
新しいテクノロジーをもつ企業との連携に取り組んだ市長時代
──吉田さんご自身はこれまで長く、行政側の立場にいらっしゃいました。横須賀市長時代など、民間企業との連携によって地域の課題を解決できた事例はありますか?
吉田:市長時代に「Ingress(イングレス)」や「Pokémon GO」などのARゲームを展開するNiantic(ナイアンティック)と連携したことがあります。
横須賀は「軍港の街」というイメージが根強く、古き良き時代のロマンを求める高齢者からの支持は厚かったのですが、若い世代からはあまり関心を持たれていませんでした。それでゲーム会社と連携し、若い層の人たちを呼び込めないかと考えたんです。
ただ、ゲームに対して「家に引きこもってしまう」「勉強に妨げになる」など、マイナスのイメージを持つ職員もいて、当初は反対の声も上がりました。
しかし私は、行政にも新しい風を吹き込みたかった。今までと違う発想で取り組む必要があると周囲に伝え、なんとか説得して開催にこぎつけたんです。
──ゲームの活用は面白い切り口ですよね。実際に取り組んでみていかがでしたか?
吉田:お互いにはじめて経験するプロジェクトだったので、はじめは戸惑いもありました。横須賀が抱える地域課題やイベントの目的を改めて整理した上で、お互いができることを言語化し、丁寧にすり合わせを重ねていったんです。
おかげさまで一般ユーザーにもご好評いただき、2018年8月には「Pokémon GO」の公式イベントを市内で開催することになり、5日間で10万人の集客に至りました。若い人たちで賑わう横須賀の姿を見られたことは、非常に感慨深かったです。
(横須賀経済新聞 2014年12月20日) https://yokosuka.keizai.biz/headline/1160/
──民間企業の持つ最新テクノロジーが、地域の課題解決に結びついたんですね。ちなみに2020年現在、吉田さんが注目されている企業やサービスがありましたら教えていただけますか? どんな事業に、行政との連携の可能性があるのでしょうか。
吉田:さまざまな企業や団体に可能性があると思っていますが、例えば私が個人的に今、行政との連携を支援している企業の中に、株式会社AirXという、ヘリコプターのシェアサービスを展開しているベンチャー企業があります。
日本では約800機のヘリコプターが登録されているのですが、あまり有効活用されていません。このヘリコプターをもっと活用しようと、座席を1席ずつ予約できるようにして、従来より安く手軽に利用してもらうサービスです。
行政にとって、災害時の緊急搬送などに活用できるヘリコプターの需要は非常に高いんです。ただ所有するとなると、維持費や場所の確保などに多大なコストがかかってしまう。
ヘリコプターでもライドシェアが可能になれば、管理の手間や余計なコストが省けます。しかもヘリコプターは車と比べると約6倍のスピードで移動できるため、災害時の緊急対応だけではなく、アクセスの良くない観光地での活用も期待できるんです。さらには、ヘリポートとして遊休農地を活用することも考えられます。
──なるほど。行政との連携が実現することで、さまざまな地域課題が解決できる可能性が生まれるんですね。
吉田:そうなんです。AirX社の方々も、最初は自分たちのサービスが地域の課題解決につながるとは思っていなかったようです。非常にもったいないですよね。連携の事例を増やし、自分たちの事業やサービスの可能性に気づく企業を増やしたいと考えています。
官民の垣根を越えて、地域課題の解決に取り組める社会をつくる
──お話をうかがって、官民の連携が促進すれば、地域が抱える課題解決の可能性がさらに広がることがわかりました。民間企業・団体側が連携の可能性に気づいていない、行政へのアプローチの仕方がわからないなどの課題に対して、日本GR協会としてはどのように働きかけていく予定ですか?
吉田:「地域の課題を解決したい」という意識を持ったプレイヤー同士が、官民の垣根を越えてつながれる場を提供したいと考えています。
官民が連携するためには、お互いを知ることが欠かせません。行政側は民間のビジネスのトレンドを、民間側は行政が抱えている課題を知る必要があります。ビジネスに直結しなくても、お互いが情報交換できるような場所をつくれれば、相互理解の助けになると思うんです。
同時に、民間と行政の橋渡しができるようなGR人材の育成にも力を入れていきます。人材育成についてはすでに私個人の活動として、2017年から地域課題への理解を深めるためのゼミを開講しています。
修了生の中には「故郷のために何かをしたい」と60代で講座に参加し、指定管理者として故郷の施設を運営したり、地域おこし協力隊として離島に移住したりするメンバーも出ています。このゼミも、日本GR協会の取り組みとして広げていきたいと思っています。
──最後に、日本GR協会としてどのような未来を目指すのか、お聞かせください。
吉田:行政と民間がお互いを「課題解決を共にする仲間」として捉え、課題を解決できる未来ですね。
これは私が個人的にイメージしていることなのですが——例えば、市役所の市民課から受付カウンターがなくなるようなことを思い描いています。
解決したい課題がある人が市役所を訪れると、カウンターで仕切られることなく、オープンでフラットなスペースで働いている人たちがいて、誰が職員か、誰が民間の人なのかはわからない。
そんな場所で、ふと隣に座った人に声をかけてみたら、その人が相談にのってくれて、知らない間に課題が解決している……あくまでも一つの例えではありますが、そんな世界です。
──あらゆる垣根が取り払われて、行政か民間かは関係なく、地域の課題解決が自然に進む世界でしょうか。
吉田:そうですね。日本GR協会の活動を通して、行政側と民間企業・団体の人たちが一緒になって、さまざまな地域の課題を解決できる社会を目指していきたいと思っています。
1975年12月3日生。1994年、神奈川県立横須賀高等学校を卒業。1999年、早稲田大学政治経済学部政治学科(梅森直之ゼミ)を卒業。同年、イギリス・ロンドンに約3ヶ月の短期語学留学。同年7月に入社したアクセンチュア株式会社にて、省庁や自治体における複数のプロジェクトマネジメントに携わり、2002年に退社。2003年、横須賀市議会議員選挙において最年少で初当選。2006年、市議選前に入学していた早稲田大学大学院政治学研究科修士課程(政治学専攻)を修了。2007年、横須賀市議会議員選挙において再選。このとき政令市を除く全国1位の得票数を得る。2009年、しがらみのない立場から立候補を表明し横須賀市長に初当選。第35代横須賀市長となる。2013年、再選。2017年7月退任まで、完全無所属を貫いた。現在、Glocal Government Relationz株式会社代表取締役、早稲田大学環境総合研究センター招聘研究員。
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構成:藤原梨香/撮影:内田麻美/編集:大島悠(ほとりび)