ルールメイキングの重要性が指摘されるようになっていますが、公共政策コンサルタントの仕事は決して一般的とは言えません。興味があっても、どのような職業でどのように働くのか分かりづらいと思われても不思議ではありません。
では、実際にこの分野で働いている人は、どのように公共政策コンサルタントの仕事に出会い、どのような想いではたらいているのでしょうか。
公共政策コンサルタントとして活躍なさる辰巳達さんにお話をうかがいました。
適性とやりたいが出会うきっかけ
──本日は、よろしくお願いいたします。まず、簡単に辰巳さんの自己紹介をお願いできますか。
辰巳さん:こちらこそよろしくお願いいたします。新卒で富士フィルムに入社したのちに、PR 会社のフライシュマン・ヒラードジャパンに移りました。その後、PA 会社の VOX Global Japan に移り、現在の GAP (合同会社ガバメントアフェアーズ・パートナーズ )を創業しました。大学時代は法学部で、本来であれば国家一種試験を受けて国家公務員になる人が多い環境でした。そういった環境にいたので、やはりなんとなく国の政策に関わりたいと思っていました。しかし、僕の就職活動当時は公官庁の不祥事が次から次に明らかになり忌避する流れがありました。結局、僕の周りの優秀な人たちは、国家一種試験ではなく外資のコンサルティング会社に入っていきました。僕も同じで、グローバルに働けそうなところに魅力を感じた一般企業に入社しました。
──一般企業に入社なさった後、どのように公共領域に至ったんですか?
辰巳さん:原体験みたいなものがあって、実は、僕は帰国子女なんです。1980年代の初頭にアメリカ・テキサス州の小学校に通っていましたが、アジア人もほとんどいない町での僕は圧倒的マイノリティでした。そういう環境にいたので、声をあげないといじめられるかもしれないと不安がありました。その影響で、自分が発信したものが相手にどう受け止められるのかを客観的にみる癖がついた時期でもありました。自分の言動がどのように理解されるのかを考えて、どうしたらいさかいが避けられるか、そして受け入れてもらえるのか考え続けていました。そういう経験があるので、コミュニケーションの仕事が向いている気がしていたんです。
大学時代から、国や政策に関わりたいと思っていましたし、コミュニケーションに関連した仕事に向いていると思っていたことは話した通りですが、ちょうどそのふたつが PR の世界に行くとできると教えてもらったんです。それでフライシュマン・ヒラードジャパンに移りました。初職のころは、公共政策に関わるコンサルティングの仕事があるとは思っていませんでしたが、ありがたいめぐり合わせがあり、知ることができました。
GAP のサービスとロゴが意味するもの
──様々な出会いの中で、公共政策に関わるようになり GAP の創業に至ったんですね。現在は、どのようなサービスを提供していますか?
辰巳さん:一口に言えば、パブリックアフェアーズや公共政策コンサルティングと呼ばれるものです。言い換えると、民間企業や業界団体などに、彼らの思いや提案を、国や地方自治体、ひいては国民に届け、実現するところまでサポートするサービスです。PR 会社や戦略コンサルタントが同じようなことをすることもあります。
──具体的にはどのようなお仕事ですか?
辰巳さん:たとえばなんですけど、GAP のロゴの G は、単体で見ると四角がいくつか重なっているだけです。この重なる四角に A と P を加えることで、GAP という文字として見えてくるようになります。僕たちがやっているのは、こういうことです。と言っても意味がわからないですよね。
まず G の図像だけを見てください。これだけですと、四角が重なっているだけに見えます。私たちの仕事は、この重なった四角を「G です」と伝わるようにし、また、A や P を加えることで、つまり、文脈の中に整理しなおすことで、GAPという意味のある単語にしてあげる。つまり、社会関係という文脈の中でロジックとして理解できるようにするのです。個々のクライアントが考えていることを、社会や制度の中でどのような意味をもつのかを検討し、整える―いわば翻訳する―仕事です。
同じものを見ていても捉え方は人によって全然違うものです。それぞれの人が、それぞれの立場からのみ物事を見た時に生じるGAPを埋めていくことで、コミュニケーションの非効率が解消されていくと思っているんです。シンクタンク的に政策提言の内容を一から全部つくることも大切ですが、僕たちには、そういった政策を翻訳して、伝わりやすく、届きやすくするところも大きな仕事です。
社会の変化と意識変容のズレを埋める―声と意見の関係
──声を意見にして伝わりやすくするということですが、それはどのような点で重要なのでしょうか?
辰巳さん:そうですね。社会の変化というか、社会的な文脈から説明しようと思うので、こちらを見てください。
昔の政策環境は、左の図のような形でした。政治家と官僚と各種経済団体などが、それぞれの考えを意見にまとめて情報として集積することで政策をつくっていく仕組みです。ここではまず官僚が政策の原案を示して、政治家や、組合や業界団体などを含む経済界といった媒介を通じて情報が官僚にフィードバックされて、政策にブラッシュアップされていきます。企業とか国民の意見が、一定の媒介を通じて集約されて政策になるわけですから、とても効率的な政策決定プロセスだったんじゃないかなって思います。それだけでなく、このように集約されて政策がつくられていたことで、各事業者や国民に利益が、団体などを通じて、トリクルダウンのように分配されるようになっていたわけです。
ところが、現在の政策環境は、政治家と官僚と経済団体だけでなく、国民や有権者だけでなく、あらたなヴィジョンのもとに事業を展開するスタートアップも加わり高度に多様化・複雑化しています。経済界のアクターも細分化してきていますし、組織化されていない状態になっています。
それだけでなく、メディアの環境も変化していて、昔はマスメディアが寡占している状態だったかもしれませんが、いまはソーシャル化されて、実に多くの声や意見が可視化されるようになっています。昔は、総論として多くの賛同が得られる政策を集約することができましたが、いまは国民の側も権利意識が拡大していることもあって容易に賛成を取り付けることができるわけではありません。
──そのように社会環境が変化しているとしても、私たちの意識ってあまり変わっていない気がするんですが
辰巳さん:たぶん、以前の意思決定の在り方がうまくいっていたからです。まだ、それへの憧憬みたいなものがあって、意思決定に関する情報のインプットが分散化している社会に対応しきれていないからじゃないですか。ただ、あらたな政策環境は圧倒的に非効率ながらも、みんなが一人ひとり意識を持って、行動していかなきゃいけない、と。そうは言っても、一人ではなにもできません。ゲームチェンジャーというか、何か一つで大きく状況が変わることはないので、みんなでいい政策をちゃんと作っていかないとですよね。
その中で、やはり「声」というのは、さっき言った三角だと思うんですよ。「声」を「意見」にするとは、四角や三角に 文脈とロジックを加え、G や A のように意味を付与してあげることです。特に政策提言では、まず国が何を考えているのかを理解して、そのうえで社会の文脈とすり合わせていく必要があります。以前は、各アクターを媒介として、多くの声が政策の現場に届けられていたので、多くの声が意見になっていたと言えるかもしれません。今は、政策課題も複雑化して、情報もソーシャル化している中、「声」の集約にもあらたな形が必要だと思っています。
公共政策コンサルタントの役割―ロビイストとの違い
──それが公共政策コンサルタントということですね。公共政策コンサルタントの役割とは、どのようなものですか?
辰巳さん:たとえば、ある企業が自分たちの事業に関連した分野でルールメイキングをしようとすると、思い入れの強さや豊富な知識が、かえって、提案をひとりよがりにしてしまうことがあります。それを避けるために、提案を受ける側が、どういう提案をもらったら、どのように受け止めるかの検討にぼくたちはすごく労力をかけます。自分事として取り組んでいるものであればあるほど、客観視は難しく、ギャップが生まれやすくなります。
やはりいろいろな思いをみんなが持っています。それを、伝わる形で研究やデータなどを用いながら可視化・具体化することが僕たちの役割です。物事を客観的に見て、批判的かつ建設的にブラッシュアップしていく。それによって、合意形成を得られるようにしていくんです。実はこれがリスクマネジメントにもなっていて。
──リスクマネジメントになっているんですか?
辰巳さん:そうなんです。往々にして「ロビイスト」と言われる人たちが批判される理由は、合意形成できないことを無理やりやろうとすることにあります。政策は、官僚や政治家や専門家、当事者など多種多様なひとが、様々な視点から練り上げていくものですから、人脈や票、お金で政策内容が操作されるようなことになると当然に批難を受けます。ところが、実はそういった人脈や関係性に依拠しなくとも、提案に文脈を与えてしっかり整えることで、必要なところに届くんです。「仲のいい官僚」とか「仲のいい政治家」がいなくても、中身が整っていれば、ある意味放っておいても自走していくことがあります。僕たちは、クライアントから人脈について問われれば、いつも率先して「関係性はありません」って言うようにしています。もちろん、関係性があった方がベターなこともあるかもしれませんが、決して政策提案のための必要条件ではないのです。
政策の内容を詰めていく段階で自然と、取り組んでいる官僚や政治家も見えてきます。その政策や情報を欲しがっている人たちに行けば、話を聞いてもらえるし、取り組んでもらえるようになるんです。僕たちは関係性に依拠することなく、政策に関する翻訳的なところを丁寧にやっています。時間はかかるけどね(笑)。
さいごに
──そういったお仕事の最大の価値はなんだと思いますか?
辰巳さん:民主主義じゃないですかね。最終的に意見が採用されないことはありますよ。政府側もリソースが無限にあるわけではないので、優先順位をつけて上からやっていくわけですから。でも、提案することはとても重要です。いくらか時間が経ってから、それが下敷きになって次の議論が生まれてくることもあります。声が伝わる形(意見)になっていれば、それは無駄になりません。死蔵されてしまうこともあると思いますけど、(民主主義の社会は)多くの意見や質問をもとに運営されるものですから。
決して効率的とは言えませんけど、政策をより良いものにするお手伝いができることは重要だと考えています。有名な話ですけど、日本って人口に比して国会議員の数が非常にすくないんです。アメリカはもっと少ないですが、連邦議会の権限は非常に限定的で、州議会を含めたら議員の数は多くなります。欧米の国々と比べたら、日本の国会議員の数は半分、またはそれ以下になるとも言われています。日本は効率的な意思決定をする必要があり、だからこそ、古いタイプの意思決定モデルに意義がありました。ところが、いまは従来のように業界団体や大企業が集約して効率的に政策を届けられる時代ではなくなりました。
良くも悪くも様々なものが分散化され、非効率になる反面、大きな企業でなければ大きな仕事をできない時代も終わりました。僕たちはまだ小さな会社ですけど、エネルギーとかテクノロジーとか、大きな会社とも一緒に仕事をしています。多くの意見によってつくられる民主主義は非効率ですが、いえ非効率だからこそ、僕たちのようなプレイヤーがもっと必要だと思っています。うん、価値、民主主義じゃないですか。
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制作:PublicAffairsJP編集部/撮影:岩本爽