“北極星”はどこにある? ベンチャー企業がパブリックアフェアーズに取り組むうえで必要なこと– 後編

事例

2010年代半ばから、過渡期にあったFinTech業界の中で、創業間もないベンチャー企業ながら存在感を示してきた株式会社マネーフォワード。

今回は、同社でパブリックアフェアーズの役割を担ってきた「マネーフォワード Fintech 研究所」所長の瀧俊雄さんにお話をうかがっています。

(前編は「ユーザーの信頼を得て、“FinTechの顔”へ——マネーフォワードのパブリックアフェアーズ」)

後編では、瀧さんご自身のこれまでの経験を踏まえたうえで、ベンチャー企業がパブリックアフェアーズに取り組んでいくために大切な姿勢についてお話いただきました。

瀧俊雄さん プロフィール
取締役執行役員 マネーフォワード Fintech 研究所長
2004年、慶應義塾大学経済学部を卒業後、野村證券株式会社に入社。株式会社野村資本市場研究所にて、家計行動、年金制度、金融機関ビジネスモデル等の研究業務に従事。スタンフォード大学MBA、野村ホールディングス株式会社の企画部門を経て、2012年より株式会社マネーフォワードの設立に参画。経済産業省「産業・金融・IT融合に関する研究会」に参加。金融庁「フィンテック・ベンチャーに関する有識者会議」メンバー。

2017年の銀行法改正。ベンチャー企業として果たした役割とは

――前編では2012年の会社設立以降、マネーフォワード社がどのようにパブリックアフェアーズに取り組んできたのか、業界や官庁からの信頼を得るまでの経緯を振り返っていただきました。

2017年にいよいよ銀行法の改正が実現し、FinTech業界にとっては大きな出来事となりましたよね。この法整備についてもマネーフォワード社、ひいては瀧さんの関与するところが大きかったのではないでしょうか。

瀧俊雄さん(以下、瀧):2017年の改正銀行法では、それまで当社プロダクトでも採用していたウェブ・スクレイピングに代わり、「オープンAPI(Application Programming Interface)」が制度化されました。

スクレイピングは、ユーザーに代わってプロダクト側が銀行にアクセスし、データを取得する手法でした。対してオープンAPIは、「電子決済等代行業者」として認可された事業者と金融機関とが契約を交わし、トークンと呼ばれる合鍵を事業者に発行していただいて、金融システムに接続する方式です。

確かにこの改正銀行法が成立するまで、よく関係省庁の方から依頼を受けて、テクノロジーについてのレクチャーに出向いていました。難しいことを、なんとか面白く聴いていただくことを意識していましたね。

FinTechもまさにそうでしたが、テクノロジーについてのレクチャーなどは、難しく解説すると「つまらない、どうでもいい、早く帰りたい」と興味をもっていただけない。その点、私は当社CEOの辻から「“FinTechのマスコット”になれ」といわれていたので(笑)、あえてゆるやかなテンションでお話していました。議員さんたちにレクチャーするのに、それも良かったんだと思います。

――瀧さんのお人柄によるところも大きいと思いますが、「何か知りたいと思ったときに、呼びたい専門家」というキャラクターづくりも戦略としては重要なんですね。実際にレクチャーをするときは、どのようなメッセージングをしていましたか?

:2017年の銀行法改正において、私たちが果たした役割は、新しい市場をつくるために規制緩和を提言し、新たな制度を作るというような「攻めのルールメイキング」ではありませんでした。

マネーフォワード社がサービス開始時、プロダクトに採用していたウェブ・スクレイピング方式は、セキュリティ的にグレーゾーンであると言われていましたが、実際にユーザーが被害を被った例はありません。

だから私たちは、自主規制で十分に運用できると考えていました。そこでオープンAPI制度が始まる際にも、スクレイピング方式が悪であるかのような、過度の規制を行うことは避けてほしいと提言したんです。

どちらかというと、行政側の政策提示に対して、民間企業側の立ち位置を確保するために意見を述べる、「守りのルールメイキング」だったといえます。民間主導ではなく、行政が描いた絵をどこまで民間が受け入れられるか、という「拒否権」をベースにした交渉でした。

パブリックアフェアーズには「北極星を目指す視点」と「蟻の視点」が必要

――マネーフォワード社は、設立から3年ほどでパブリックアフェアーズに取り組みはじめていますよね。御社と同様のベンチャー企業がルールメイキングに向き合っていく際の姿勢について、瀧さんご自身はどのように考えていますか。

:テクノロジーの変革期にあって、未来が不確実性に満ちているときには、自社の利益だけではない、業界全体を俯瞰的に捉えたうえでの「ここに行きたい」というゴール、いわば“北極星”を示すことが大切です。

「自社の利益のため」という意図が透けて見えた途端に、どんなに言葉をつくしても陳腐に思われてしまう。自分の会社の成功だけを考えていても、うまくいかないなとつくづく思うんですよ。

まずは業界全体で目指す北極星を掲げ、そこに向けて「この人の言うことに乗ってみたいな」と思ってもらえるようなトラスト(=信頼関係)を勝ち取ることのほうが、目先のシェアを積み上げていくよりも、生まれる価値にレバレッジが効くんです。

この考え方は、マッキンゼーの方々が書いた『Decision making in uncertain times』という記事で提唱されていたものです。私もマネーフォワードのパブリックアフェアーズに関わる立場になってから、より一層意識するようになりましたね。

――とはいえすでにルールメイキングの中心地にいる巨大な企業や既存業界の方々と、リソースも人材もけっして潤沢ではないベンチャー企業が対峙していくのは難易度が高い取り組みでもありますよね。

:そこではやはり、先にお話した「トラスト」の形成が鍵になってくるのではないでしょうか。

マネーフォワード Fintech 研究所」は今、私を含めて2名で運営しています。ただリーガルオピニオンの形成に関しては、外部の優秀な専門家のみなさんから知見をいただいて進めているんです。そこに信頼関係があれば、その道の専門家のみなさんがいざというときに支援してくれるはずです。

――自社内だけではなく、広く、専門家や関係者との信頼関係を結んでいくことが重要だ、と。

:そうです。また、自社サービスやプロダクトでユーザーベネフィットをとことん追求することも、社会的なトラストの形成につながりますよね。

「マネーフォワード ME」では、ユーザーのみなさまから「我が家で初めて貯金ができるようになりました」「シングルマザーで金銭面の不安があったけれど、子どもを育てていけると思うようになりました」といったありがたい声をいただきます。

そうした声の一つひとつが積み重なって、私たちの事業が社会で必要とされている証左になるわけです。

いかにトラストを積み上げ、よりよい社会をつくっていくという未来に対して支援者を増やしていくか。ベンチャー企業のパブリックアフェアーズにおいては、そのオペレーションをどれだけ少人数でやっていくかが肝になりますね。

――ベンチャー企業の中でパブリックアフェアーズの役割を担っていく人には、どのような素養や視点が必要だと考えていますか。

:大切なことは2つあると思います。1つは、“北極星”の解像度を上げること。3年後、5年後に「こうなっているといいな」という絵を、今と照らし合わせていかに現実的に描けるか。

自社のコンテンツではないのですが、経済産業省が2017年に「FinTechがある1日」という動画をつくって公開しました。FinTechが私たちの生活にどう関わり、どう変えていくのかを具体的に示したコンテンツです。こういった明確なイメージを、ステークホルダーに明確に伝えられるかが大切だと思います。

もう1つは、空を見上げる北極星とは対極の、足元をしっかり見つめる“蟻の目線”を持つことです。

例えば医療ベンチャーなら、自社サービスのユーザーが実際にどんな不安を解消できたのか、医療の課題をいかに解決できたのか、それをリアルに把握する。

自社のサービスを運用するというのは、社会に対してA/Bテストができるようなものなんです。関係省庁は、まさにそうしたリアルなエピソードを求めているわけですから。

小さなベンチャー企業であっても、ユーザーの課題をきちんと解決できていさえすれば、話を聞いてもらえる素地ができたようなものです。実際にプロダクトやサービスを作り、運用しているからこその「仮説ではない本当の話」を持っていること。これが強いんですよ。

すごく遠い空の上の話(=業界全体で目指す北極星)と、足元で起きている話(=ユーザーの課題解決)、その2つの側面からリアリティをもって発信し続けることが、ベンチャー企業がパブリックアフェアーズで強みを発揮する秘訣だと思います。

不確実性を増す「withコロナ時代」、情報インフラがますます重要に

――もともと不確実性に満ちていた現代社会でしたが、コロナ禍という思いもかけない要素で、ますます混迷の時代へと突入しています。そんな今こそ「トラスト」が重要であり、北極星を高く指し示す必要がありそうですね。瀧さんは現在の社会状況を、どう捉えていらっしゃいますか?

:そうですね……GDP成長率が年率マイナス25%と予想され、産業が大打撃を受け、新型コロナウィルスの収束には長くても3年かかると言われている今、デジタルインフラの重要性がますます高まっていると思います。

感染拡大を防止するためとはいえ、例えば民間企業が半年間も業務停止になれば、生きていけるわけがありません。その痛みを自粛という形で民間に吸収させている状況では、ポピュリズムが展開される土壌が育ってしまう。経済と生命の危機が迫る中、社会が転覆して暴動や戦争へとつながる可能性も否めません。

そんな中、マネーフォワード社としてできることは、「危機に直面している人に、意味ある情報を速く届けること」だと考えています。

▲マネーフォワードが提供している、新型コロナウィルスの支援情報をまとめたサイト。

現時点では、個人の金融データは行政とはひもづいていませんから、給付や補償を直接つなげることはできません。ですから今はできるだけ、必要な人になるべく速く情報が届くように、コンテンツの充実などを図っています

しかし本当に求められているのは、個人と支援元との間に直接、道を引くことなのではないかと思っています。現状、日本では金融データが行政情報と結びつくことに対する抵抗が大きいですが、ベネフィットが大きいと実感できれば、日本人のデータガバナンスに対する意識も変わってくるのではないでしょうか。

私たちとユーザーとの大きな社会契約は、「マネーフォワードに個人情報を預けたら、利息がついて返ってきた」、つまりお金に関する付加価値が提供されたという体験をしていただくという点にあります。

今ほどFinTechが人々に貢献できる時はないと思います。この価値をより多くの人に、大きな枠組みで提供していくことが、私たちの使命だと考えています。

 

※この取材は2020年4月に実施されました。記事内の情報はすべて取材時点のものです。

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トップ写真提供:株式会社マネーフォワード
構成:伊藤宏子/編集:大島悠(ほとりび)
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