POTETO:一人ひとりにとって「政治を身近にする」ため、政治のDXを目指す

事例

パブリックアフェアーズに関連する領域では、テクノロジーを活用した新たなビジネスや、若い世代のチャレンジが生まれています。

今回注目したのは、デジタルコミュニケーションを活用して「政治を、もっと使いこなせる社会にすること」をビジョンに掲げる株式会社POTETO Media(以下、POTETO)。2016年、代表である古井康介さんが大学4年生のときに立ち上げた会社です。

同社は「政治を、わかりやすく」をモットーに、政治ニュースをインフォグラフィックスでわかりやすく解説する自社メディアの運用、高校生に向けた政治の出前授業、政治家のPV制作やSNSを活用したPR支援事業などに取り組んでいます。

創業当時、学生だった古井さんがどんな課題意識を持ち、政治に関わる領域でどのような事業を生み出そうとしているのか。現在取り組んでいること、今後の展望をうかがいました。

古井康介さんプロフィール
株式会社POTETO Media 代表取締役社長
1995年富山市生まれ。政治専門の広告代理店として、政治をわかりやすく発信する活動に取り組む。自民党総裁選や元総理、現役大臣などのプロモーションを与野党問わず担当。日本政府 国際女性会議 広報アドバイザー。日本若者協議会 理事などを務める。中高生向けの主権者教育教材の開発や出前授業も実施。政党や行政、学校などで各種講演、主権者教育のワークショップなども歴任。制度を必要な人に届けるサービス「POTOCU」を開発中。朝日新聞DIALOG パートナー。毎日新聞「政治プレミア」連載中。

アメリカ大統領選の熱気を現地で体感し、日本の政治との差異に気づく

──はじめに、古井さんがPOTETOを立ち上げた経緯を教えてください。

古井康介さん(以下、古井):きっかけは、2016年に現地で見たアメリカの大統領選挙でした。もともと政治に興味があり、この選挙で初の女性大統領が生まれるかもしれないということで、現地に向かってみたんです。

実際に演説を生で聞いて「政治はかっこいいな」と、かなり圧倒されました。大統領選の数日前にドナルド・トランプ現大統領の演説も見たのですが、プライベートジェットで登場し、PVや音楽も流していて、日本では考えられないぐらい演出が華やか。まるでハリウッド映画のようでした。

▲POTETO代表の古井さん。(今回の取材はオンラインで実施しました)

 

──日本の選挙では、そういった演出は難しいですからね。そんな華やかなシーンを目にしたら、政治に対するイメージがかなり変わりそうです。

古井:そうですね。若者も多く演説を聞きにきていて、選挙というよりもまるでスポーツイベントや音楽ライブのようでした。

特に印象的だったのが、大統領選当日。僕はヒラリー・クリントン氏側のニューヨークの会場にいたのですが、彼女の負けが決まった瞬間に、周囲の人たちが泣き崩れたんです。

ヒラリー氏は黒人や女性、LGBTQなど、いわゆるマイノリティと呼ばれる人たちの権利を主張していました。そういった人たちが会場にも大勢いらっしゃって、「彼女は私たちの声に耳を傾けてくれた。負けたなんて信じられない……」と非常に悔しそうにしていました。

僕は少なくとも、日本では同じ光景を目にしたことがなかった。ここまで国民を引き込むアメリカの政治コミュニケーションは、純粋にすごいなと感じたんです。

──アメリカの大統領選を通じて、政治家と有権者の「コミュニケーション」の在り方に着目されたんですね。

古井:はい。よくよく考えてみても、日本の政治家が打ち出す政策そのものが、海外の政治家と比べてそんなに劣っているとは思えませんでした。

政治家のみなさんそれぞれに実現したい社会があって、人生を賭けて取り組んでいる。しかし、日本の有権者にその想いが伝わっていないように感じたんです。

──その課題を、どんな風に解決しようとしたのでしょう?

古井:コミュニケーションの仕方を変えれば、有権者からの政治の見え方が変化して、能動的に政治に参加できる人が増えるのではないかと考えました。

政治家が使う言葉と、有権者が受け取りやすい言葉の間には、大きな隔たりがあるんですよね。共通言語がなく、いわば「周波数」が違っているような状態。だから今のままだと、どんなに電波を飛ばしても届かない。

その課題を解決するために、僕らが変電機のような役割を担って、政治に関する情報を有権者に馴染みやすい言葉や表現に変えて届けていこう——そう考えて、2016年にPOTETOを立ち上げました。この社名には、Political Telecommunication Tower(政治の電波塔)という意味が込められています。

プロセスは商品開発と同じ。政策立案にデジタルマーケティングを活用できないか?

──学生時代にPOTETOを創業してから、どのように事業を展開してきましたか?

古井:“変電機”の役割を果たすべく、自社メディア運営・出前授業・政治家のPR支援と、3つの事業を展開してきました。

最初に始めたのが、自社メディアの運営です。世の中でニュースとして発信されている政治の情報は、有権者、特に若者にとってわかりにくいものになっているのが現状なんですよね。

新聞やテレビなどのメディアでもかなり整理して伝えてくれてはいるのですが、それでもまだ難しいと感じる人は少なくない。そこで、世の中のニュースをグラフィックで整理して伝えるところから始めようと、自社メディアとTwittterを使った発信を始めました。

また、同じ年に高校生向けの出前授業を開始しています。18歳選挙権が導入されて、学校で主権者教育が盛んに行われるようになったのですが、それは選挙管理委員会が選挙の投票の方法を教えるだけでした。

世の中の課題の背景や政治の論点について学校では教わらないのに、「投票に行きなさい」と言われても、困ってしまうはず。そのため、この出前授業が少しでも政治や時事問題の理解につながればと思っています。

そして創業から1年ほど経って始めたのが、政治家のPR支援事業です。きっかけとなったのは、2017年の兵庫県知事選挙でした。そのとき、候補者の一人だったコラムニスト・勝谷誠彦さんのお手伝いをし、試しにPVを作成してみたんです。

そのPVを街頭演説で流してみたところ、支援者がすごく盛り上がってくれて。勝谷さんもとても喜んでくださったので、「もしかするとこうした動画制作は需要があるのかもしれない」と考え、まずはPV制作の仕事を始めました。

──確かに日本では、政治家がPVを作るイメージはあまりないですよね。

古井:そうですね。でもアメリカやフランス、イギリスなどでは当たり前に作られているんです。はじめは海外のPVを参考にしながら、半ば実験のつもりで始めました。

あるとき、議員さんたちが集まる会でお話する機会をいただいて、そこから「動画を作ってほしい」と、いろいろな方からお声がけいただけるようになって。2017年秋の衆議院議員選挙では管直人さん、2018年の自民党総裁選では石破茂さんのお手伝いをしました。PVを制作するだけでなく、SNSでの発信なども含めた、PRのサポートもしています。

──PRのサポートというと、具体的にはどのようなサービスを提供しているのでしょう?

古井:一般企業のマーケティング部門と、似たような仕事をしていると思います。サイトの読了率や離脱率が測定できるヒートマップや、Google Analyticsなどを活用しながら、PV数や滞在時間などの数字を取り、発信内容についての検証と改善を繰り返しています。

Twitterも活用していますね。SNSの中では、もっとも発信のテストがしやすいツールだと思います。「子育て」や「介護」など、どのキーワードに有権者が反応するのか、いつ発信すべきかなどをチェックしています。大体、1〜2カ月ほど運用していくと傾向が見えてくるんです。

▲「政治を、わかりやすく伝える」をスローガンとして事業展開している。(公式サイトより)

 

──Web動画に自社メディア、SNSと、基本的にデジタル領域のコミュニケーションが、POTETOのメディア事業・PR事業の軸になっているのですね。

古井:はい。僕たちは政治のデジタルトランスフォーメーション(DX)に力を入れていきたいと思っていて。なぜなら、現状のアメリカと日本の政治の差が、そこにあると感じたからです。アメリカでは、政治にもデジタルマーケティングが取り入れられているんだ、と。

例えば、オバマ前大統領の有名なキーフレーズである“ Yes,We Can.”などは、彼の議員時代のスピーチを有権者に聞いてもらい、その反応をデータとして取得し分析したうえで、さらにデプスインタビューを重ね、より有権者に届く言葉へと昇華していったものだそうです。

これって、例えば一般企業の商品開発部門では、マーケティングの基本として行われている施策ですよね。

──そうですね。でも日本の政治では、そうした綿密なデジタルマーケティングが取り入れられていない。

古井:そう感じています。政治家のみなさんが政策を立案するのも、ある意味、商品開発と同じだと思うんです。でも現状は、誰かから陳情を受けたことや、対面のコミュニケーションによって耳に入ったことなど、限られた一部の情報をもとに意思決定がなされてしまっている。

そこにWeb動画やWebサイト、Twitterなどを活用したデジタルコミュニケーションを取り入れることで、より多様な有権者のインサイトを見極めるための材料を、政治家が手にできるようになると考えています。

僕たちが得意とするのは、まさにこのデジタルコミュニケーション/マーケティングの領域です。動画制作やWebサイト・SNS運用を起点として、政治家の方が政策を立案するための情報やデータを提供していく——いわば“政治における商品開発”の一端を担っていきたいんです。

そうしたシステムができれば、もっと早く着実に、政治に国民の声を取り入れられるようになりますよね。僕たちはPOTETOの事業を通じて、そうした循環が生み出せるはずだと確信しています。

 

政策を、本当に必要としている人へ。行政手続きを届けるための仕組み作りに着手

──お話を伺っていて、POTETOは政治の情報を国民にわかりやすく届けるだけでなく、国民との双方向のコミュニケーションを重要視しているのを感じました。その一環として、昨年秋からまた新たなチャレンジをしていらっしゃいますね。

古井:はい。最初に立ち上げた自社メディア事業で、これまで取り上げてきたのは政治に関するニュースなどの情報が中心でした。現在はメディアの方向性をシフトして、政治家のみなさんが作った制度——およそ58,000件にのぼる行政手続きの情報を、必要としている人たちに届けられるような仕組み作りに着手しています。

まずはいま現在、困難な状況にある人に、支援の制度に関する情報を届けるためのメディアを作ろうと考え、2019年11月にクラウドファンディングを実施しました。

▲2019年11月に、クラウドファンディングを通じて新たなメディアを作るための資金を募った。

 

──なぜ政治ではなく、行政手続きに関する新たなメディアを立ち上げることにしたのですか?

古井:PR事業を通じて政治家の方と全国各地を回っていく中で、みなさんがさまざまな立場の方から陳情を受ける姿を目にしてきました。

陳情にきた方のお話をよくよく伺ってみると、その困りごとを解決するような助成金や補助金などの制度は、すでに存在しているケースが多かったんです。つまり制度はあるものの、問題の渦中にいる人たちはその存在を知らない。

ここにも一つ、大きな課題があるのを感じました。

デジタルマーケティングを取り入れ、政治家がどんなに国民のインサイトに合った政策や制度を生み出せるようになったとしてても、それを必要としている人に届かなければ意味がないですよね。

だからインサイトを拾い上げて政策を作るサポートをしていくのと同時に、できあがった政策による制度を国民にちゃんと届けるところもフォローする。そうした一連の流れをすべて、事業を通じてデジタル化していきたいんです。

──行政手続きに関する情報を必要とする人たちに届けることで、政治にとってはどんな成果を生むと考えていますか。

古井:日本は、先進国の中でも特に租税抵抗感が高い国ですよね。政治に対する国民の信頼は低く、受益感もあまりない。だからこそ、すでに整えられている制度の適切な周知を図ることは、政治に対する信頼感と受益感を高めることにつながると考えています。

──これまで政治ニュースメディアとしての「POTETO」がリーチしてきた読者層と、「行政手続きを周知していくツール」を必要としているユーザー層は、異なっているのではないでしょうか?

古井:いえ、僕は双方のユーザー層はつながっていると考えています。ニュースメディアの利用者は、意識の高い若手の人たちでした。彼・彼女らは、フリーランスとして働くなど自由な生き方を選択している率が高く、生活が不安定になるケースが多いんです。

だから経済環境の変化が起きれば、高い確率で支援の対象になる。特に今回、打ち出されているコロナ支援策は所得制限がないので、なおさらユーザー層が重なるんです。POTETOとしては、引き続き両方のユーザーさんたちとつながっていきたいですね。

 

一人ひとりが「政治を使いこなす」ことができる社会を目指して

──クラウドファンディングでは700万円以上の資金が集まったのですね。期待値の高さを感じます。その後の進捗状況はいかがですか?

古井:当初は2020年12月までに少しずつサービスを整えていくはずでした。しかし新型コロナウィルス感染拡大の影響を受けて、世の中の多くの人の仕事に影響が出ている状況を踏まえ、まずは「今必要とされていること」に着手することにしました。

手始めに「コロナ対策特集」として、自社メディアを通じて政府や自治体が打ち出している100種類以上の制度をまとめて発信しています。

▲「POTETO コロナ対策特集」として、政府や自治体が打ち出している補助金や助成金などをまとめている。

 

──反響はいかがですか?

古井:主に20代の非正規雇用の人たちから、反響がありました。そのうち約8割が、POTETOのサイトを通じて自分に合った制度を見つけ、無事に申請をしたそうです。

中には「消費者金融でお金を借りようとしていたけれど、緊急小口資金の存在を知り、無事に申請できた」という声もありました。自分に必要な制度を見つけられて、「助かりました」と言っていただけるとうれしい。もしかすると、POTETOがなければ制度に出会えなかった人もいるかもしれない。その点に関しては、手応えを感じています。

──現在はPOTETOのみなさんが行政手続きについて取材をし、その情報に基づいて発信をされているそうですが、今後、行政との提携などは考えていますか?

古井:このまま「日本一わかりやすい制度のサイト」を目指すのと同時に、いずれは国全体のコミュニケーションデザインのお手伝いにも力を入れていきたいです。今の行政広報は、企業のIRの業績報告のようなことしかできていない気がしています。

例えば、今回のコロナ禍で全世帯に向けてマスクが配布されましたが、たくさんの批判が噴出しました。「マスクの配布」というごく一部の事実だけが一人歩きして、背景にあるメッセージが伝わらなかった結果ですよね。

そうした不幸なすれ違いを、デジタルコミュニケーションの力を駆使してなくしていきたい。政府からのメッセージをどのように国民に伝えていくべきか、一緒に考えていきたいと思っています。ビジネスとして儲かるかどうかは、わかりませんけど(笑)。

──ビジネスとしてスケールすることよりも、社会的使命を重視しているのですね。それとも、先になにか見据えているビジネスモデルがあるのでしょうか?

古井:一般的に最もニーズが高いところ——つまり行政手続きについて正しい情報を届ける部分を徹底的にやろうとすると、いちばん儲からないのは事実だと思います。でもGovtechのサービスは、そこを極めていくことが大事なのではないでしょうか。

困ったときに僕たちのところにユーザーさんが集まってくれる、その入り口さえ固められれば、十分に戦っていけるビジネスだと思っています。金融サービスに近い感覚なんですよね。

──金融サービスですか?

古井:はい。制度があることを知らしめるだけでなくて、知った人がいかに速やかにそのお金を受け取れるかのビジネスです。いまの日本の問題は、消費者金融の金利が高すぎることと、行政が出す補助金や給付金の振り込みが遅すぎることだと思っていて。

さらに行政手続きがわかりにくく煩雑なので、行政からお金が振り込まれるまで待ちきれず、つなぎで消費者金融に手を出してしまう人がいる。そうやって煩雑な行政手続きを代行するビジネスや、中抜きで高額なマージンを取るビジネスが成り立ってしまう。僕たちは、それをなくしていきたいんです。

──そうした事業を実現した先に、古井さんご自身はどんな理想の社会を描いていらっしゃるか、最後にぜひ聞かせてください。

古井:一人ひとりが、自分の生きたいように生きられる社会ですね。政治は人々が自分の歩みたい人生を歩めるようなサポート役を担っていると思うんです。そのための制度や支援策を知らないのは、非常にもったいない。

例えば僕は、リーマンショックの影響を受け、自営業だった両親は収入が激減。当時は大学への進学は難しいかなと考えていましたが、実際には奨学金などの制度を使って進学できました。起業も、制度を活用したことで一歩を踏み出せた。

政治は本来、挑戦を後押してくれたり、本当に困ったときに手を差し伸べてくれたりするものだと思っています。

もっと一人ひとりが政治を使いこなすことができれば、生きたい人生を生きられる、幸せになれるだろうと思います。そんな世界を現実のものにするために、POTETOの事業を通じて政治のDX実現に力を注いでいきたいです。

 

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構成:藤原梨香/撮影:内田麻美/編集:大島悠(ほとりび)

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