2025年は、400名以上の死者を出した能登半島地震から1年、また、国内史上初めて震度7を記録し、死者・行方不明者6,400名という甚大な被害をもたらした阪神・淡路大震災から30年という節目の年となります。
大規模震災や豪雨災害などを経て、政府では、内閣府をはじめとする関係省庁との連携の下、防災体制や発災時の対応、被災地支援の充実などが図られてきたところです。こうした中、石破総理は、政権公約の一つに「防災・減災、国土強靭化」を掲げ、防災行政の抜本的強化を図るため「専任の大臣を置き、十分な数の災害対応のエキスパートをそろえた『本気の事前防災』のための組織が必要」として、2024年11月1日、内閣官房に防災庁設置準備室が発足しました。
先般、南海トラフの巨大地震が今後30年以内に起きる確率の引き上げが公表されましたが、巨大地震をはじめとした大規模災害が発生すれば、甚大な人的・物的被害をもたらすだけでなく、中長期的な経済活動への影響が懸念されます。こうした激甚災害にも対処できる「防災立国」を牽引する組織の創設が期待されます。
そこで、第4回マカイラ公共政策研究会では、今後設置予定の防災庁に求められる機能のほか、なぜ現行の体制では必要な制度改正や対応が十分に果たされなかったのか、官民連携での防災対策の必要性などについて議論しました。
防災庁の新設に向けた議論は、パブリックアフェアーズに日々取り組む皆さんにとっても、多くの示唆に富んでいます。硬直化した制度の改革、多様なステークホルダーとの連携、そして有事に備えた平時からの関係構築など、日々の活動に繋がる多くのヒントが垣間見える防災というテーマから、その普遍的な課題と解決の糸口を探ります。
本レポートでは、当日の議論の様子を一部抜粋してご紹介します。

菅野 拓氏(大阪公立大学 大学院文学研究科 准教授)博士(文学)。専門は人文地理学、都市地理学、サードセクター論、防災・復興政策。社会問題など「やっかいな問題」の解決を一貫したテーマとして研究・実践。近著に『つながりが生み出すイノベーション―サードセクターと創発する地域―』、『災害対応ガバナンス―被災者支援の混乱を止める―』。内閣府「被災者支援のあり方検討会」委員、石川県「令和6年能登半島地震復旧・復興アドバイザリーボード」委員などを務める。
富永 玲子氏(東京都 総務局復興支援対策部都内避難者支援課長)
1999年入庁。生活文化局、下水道局、文京区役所、政策企画局などを経て2021年4月より現職。政策企画局外務部では、都と在京大使館の防災連携事業などに関わる。現職では、東日本大震災により都内に避難されてきた方々の支援や、都内での復興支援事業等を担当し、2024年からは、能登半島地震の被災地・避難者支援にも携わっている。
城 譲(マカイラ株式会社 執行役員)
大学卒業後、国土庁(現在の国土交通省)に入省。公共セクター(国土交通省、内閣府、国際連合UN-HABITAT)で12年にわたり勤務。その後、国内IT企業(楽天、メルカリ)での8年に渡り、法務・公共政策担当として勤務。官民の両セクターの経験から、両者の協働による発展的な政策立案の必要性を実感し、その推進のため2018年秋マカイラ株式会社に参画。多摩大学ルール形成戦略所客員研究員。
100年前から大きく変化していない、日本の災害対策
イベント前半では「被災者支援の混乱を止める―防災庁に求めること―」をテーマに、菅野 拓氏にご講演いただきました。
菅野:日本ではおよそ100年以上、具体的には1923年に発生した関東大震災の頃から、避難所の風景がほとんど変わっていません。災害大国である日本において、なぜ十分な災害対策が進まないのか。そこには、制度上の構造的な問題が存在します。
ハード面の対策や対応は、ソフト面と比較すると進んでいるといえます。例えば2024年に能登半島地震が発生した際、車で移動しようとすると10時間以上かかっていたルートが、わずか1~2か月の間に2時間ほどで通れるようになっていました。このようなインフラの復旧などに対する動きは大変早いと思います。
しかし日々の暮らしはどうでしょうか。地震発生から1年以上が経過した現在でも、避難所での生活を余儀なくされている人たちがいる現実があります。

災害が発生すると、特に高齢の方や障害のある方などの生活に大きな影響を及ぼします。災害は自然現象のリスクだけではなく、社会の脆弱性とも密接な関わりがあるのです。現在の日本における災害対応や被災者支援には、そうした視点が欠けているといえます。
今後必要なのは「場所の支援」から「人の支援」への転換
菅野:平時の社会サービスは、医療や介護などの領域も含めて民間事業者が提供していることがほとんどです。しかし災害時は、多くの対応を地方自治体が担うことになります。自治体の職員が、不慣れな業務に従事せざるを得ない。そこでさまざまな問題が起きているのが現状です。
こうした現状の災害対応システム問題の根源にあるのが、1947年に制定された「災害救助法」です。この法律は本来、国民の生存権を保障するという、いわば社会保障の一環として成立したのですが、今ではその視点がすっかり忘れられているように思います。
その後、1961年には「災害対策基本法」が制定されました。しかし焦点が当てられているのはハード面の対策・対応であり、人の暮らしを再建するために必要なソフト面の支援については十分な議論がなされませんでした。1998年には「被災者生活再建支援法」が成立しますが、たまたま住んでいた家の壊れ具合が支援の基準となり、社会保障制度との連携が不足しています。
今後の災害対策で重要なことは、「場所の支援」から「人の支援」へと転換していくことだと私は考えています。
例えば東日本大震災が発生した後、宮城県仙台市では、災害関連死を防ぐための支援として「災害ケースマネジメント」の取り組みがはじまりました。これは被災者に対して個別に訪問を行い、その人の状態や必要性に合わせたケアプランを作成し、適切なサービスにつなげるための活動です。

自治体が用意している被災者支援の制度はさまざまあるのですが、膨大な情報から自分に必要なもの、申請できるものを選んで適切な準備をし、自分たちで手続きをしなければなりません。高齢の方など一部の被災者にとって、それは非常に難易度の高いことなのです。
こうしたソフト面の支援を充実させていくためには、「餅は餅屋」の発想に基づいて民間の力を発揮してもらえるような制度づくりと、エッセンシャルワーカーと呼ばれる専門職の人たちの地位向上が不可欠です。
また社会保障制度と災害時の被災者支援を、地続きのものとして捉え議論を重ねていく必要があると考えています。

各自治体の現状を把握した、戦略的な災害対応計画が必要
イベント後半は、菅野氏に加えて富永玲子氏(東京都 総務局復興支援対策部都内避難者支援課長)、マカイラの城譲氏の三者でパネルディスカッションを行いました。
城:私は2010年頃に内閣府の防災部門で働いていた経験があるのですが、菅野さんのご講演にもあった通り、日本の防災対策は確かにハードを中心に進められてきました。
またどうしても、「前例がない」「実績がない」という理由で、民間企業の新しい技術やサービスが活用されにくい現状もあります。そうした状況を解消し、自治体だけが災害対応を抱え込まなくても良い仕組みをつくる必要があると感じています。
災害を起きるかどうかわからない特別な出来事として捉えるのではなく、平時から災害をインクルードした設計にする必要がありますよね。
自治体によってそれぞれ体制や状況が異なると思いますので、自分たちの強みや弱みを適切に分析・把握したうえで、どの部分をどんな人たちにサポートしてもらう必要があるのか、戦略的に準備しておくことが大切だと思います。
富永:自治体それぞれの取り組みはもちろん、広域避難者支援の在り方も見直す必要があると考えています。
東日本大震災の発生時、東京都では一部、避難者名簿が複数存在することによる混乱が生じました。被災後どの地域に移ったとしても適切な支援が受けられるよう、避難者名簿を一元管理するなど、行政間の連携を強化しなければならない部分もあるでしょう。
菅野:おっしゃる通りで、私が「場所の支援」から「人の支援」への移行が必要だと考えるのはまさにそうした課題からです。被災者を被災した自治体が支えるのではなく、余力のある人たちが支えられる仕組みの方が理にかなっていますよね。
どの地域に移っても最低限のサービスを受けられるようにすること。そうした社会保障的な発想による制度の再設計が必要だと思います。
長期的な視点で、防災に取り組む専門家・組織を構築すべき

富永:今後の災害対応において、行政の体制強化が必要であることはその通りだと思います。ただ自治体側の現状としては、災害対応に関連する人員に限らず、どの部門でも人材確保が困難な状況が続いています。
そのため今後は人材を自治体で取り合うのではなく、柔軟に複数の場所で活躍できるような仕組みが必要となるかもしれません。
また同時に、平時から防災庁との関係性を構築していくことも大切になるだろうと思っています。
城:行政組織はどうしても縦割りになっているところがほとんどで、防災関連の組織も例外ではありません。数年で担当者を入れ替えてしまうのではなく、民間からも含めてきちんと専門家を配置し、どうすれば災害対応が最もうまくいくフォーメーションになるのか、それを念頭に置いた人材配置をしてほしいですね。
菅野:災害時の報道などを見ると、混乱する現場を通して「役所がダメだ、失敗した」というような捉え方をしがちなのですが、日本の役所で働く方々はみんなすごく真面目なんですよ。だからこそ、新しい発想で挑戦できる環境を作り、長期的な視点で防災に取り組む専門家を育成していく仕組みをつくることが重要だと思います。
【編集後記】
本イベントで語られた「場所の支援から人の支援へ」を単なるスローガンで終わらせないために、基調講演で紹介された「災害ケースマネジメント」のような手法を制度として実装する必要があります。こうした現場で生まれた優れた取り組みを、個別の善意やNPOの奮闘に依存させず、持続可能な制度へと昇華させることこそ、パブリックアフェアーズの役割です。「餅は餅屋」の連携を公的な仕組みとして社会に根付かせ、「前例がない」という壁を突破し、全国の被災者が等しく支援を受けられるルールを構築していく。
現場で生まれた解決策の「種」を見出し、政策や制度という「土壌」で社会全体が育てていく。それこそが、人々の命と尊厳を守る社会システムを構築する、パブリックアフェアーズの仕事の核心と言えるのではないでしょうか。
